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掌編、短編小説広場

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此処に集いし「物語」はジャンルの無い「掌編小説」と「短編小説」。広場の主は「いち」時々「黄色いくまと白いくま」。チケットは不要。全席自由席です。あなたに寄り添う物語をお届けしたい…
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#夏

掌編「帰省盆」

「あーあったあった。あれ、あれがうちの盆灯籠じゃろう」 「あんなところで回り出したか?」 「あんなとこゆ-て、あんたあれ、あの子のとこの娘でしょうが。もう長い事一人暮らししよるんじゃけえ」 「あれほんまじゃ、よう見りゃ顔がそっくりじゃ。ほんならあれか、あそこへ帰りゃええんか?今年は」 「ほいでも待ちんさい。仏壇はあれよ、去年のとこへあるんよ。御供はあっちへ届きよる」 「ほんまじゃ、線香も焚いてあるな。じゃわしらどっちへ行きゃあええんかの」 「馬鹿じゃねえ、どっちも順番に顔出

掌編「orange」

 抜群にセンスが無いって言われた。  小6の時だった。まだ小学6年生だったのに、そんなにはっきり言われたら、ああ、僕は服選びのセンスが無いんだって、すっかり思い込んじゃって、そのまま大きくなったらどうなるか、想像つくでしょ。  僕は黒色の服しか着ない。誰が何を言っても黒色のTシャツを着て、黒色の綿パンをはき、黒色のパーカーを重ねる。あ、言っとくけどボクサーパンツも黒一色だから。  それなのに――  高校3年生、梅雨。 「へえー、あったかい黒目してるんだね」  日曜に

短編「暮れなずむ朝顔列車」

 ドアが閉まります、ご注意下さい。  発車間際にホームへ降り立った僕は、一番手近のドアから体を車内へ滑り込ませた。ベルが鳴り、間もなくドアが閉まる。ぎりぎり駆け込み乗車じゃない積りだけど、注がれそうでこちらを見ない視線が勝手に痛い。車両を一つ移動して空いている席を探す。  平日、昼間。乗客疎らな車内、空席は直ぐに見つかった。四人掛けのボックス席を一人で占める。走る程に深い緑に囲まれてゆく、かなりのローカル線。一本逃すと、次は一時間以上先だ。車輌も古く、ボックス席の窓も開け

掌編「四時に集合なって言ったじゃん」

 エアコンが壊れた。夏の盛んな一番暑い日に。冗談にも程がある。  ワンルームの自室にとてもじゃないが居られなくなった俺は、窓の外を瞳に映すだけでうんざりしたけれど、新たなる涼みの土地を求めて、灼熱の世界へ半ばやけくそに身を投じた。熱を帯びるコンクリ踏みつけて七分、近所のカフェへ流れ着く。早速火照った体を冷やして生き返る。冷たいカフェオレを手に、空いているテーブル席に陣取って、ポケットからスマホを取り出す。待ち合わせ場所が変わった事を伝えるためだった。  あいつら元気にしてるだ

掌編「夏色」

少年は、いつもより早くに目が覚めた。夜中に少し汗を掻いていたはずだけれど、今は涼しいと感じている。タオルケットはお腹の処にだけ残っていた。ぱちんと開かれた黒い瞳。段々と天井の木目に慣れて来て、龍を見つける。人の顔を見つける。目線を逸らして窓の向こう、いつもの朝よりも空は静かだった。白い浮雲と目が合った。 太陽が猛然と迫りくるような町に、好奇心だけ持って出る時は、いつでも冒険者になった。額の横を汗が流れる時は、誇らしい気持ちがした。 写真屋のショウウィンドウに蝉がぶつかるの

掌編「八月六日と折り鶴」

「お前んとこのクラス一人何羽?」 「八」 「まじか。うちら十一なんだけど」 「誰か休んだとか?」 「それもあるし元々一人少ないだろ」  瞬の説明に啓介と大地は同時にああ、と納得の声を上げた。 「ってか瞬、お前折るの速くね?」 「そうか?」  瞬は手を止めずに、視線さえ持ち上げないまま答えて、黙々と鶴を折ってゆく。今年も全校生徒で千羽、鶴を折り、代表者の平和行進によって、市内の平和記念公園へ運ばれる事に決まっている。今年度は学校の都合で式典には間に合わなかった。瞬は小一の夏、関

掌編「姉の云い分、おやつのミニトマト。」

 わたし、茜と云います。小学六年生です。 「今日の当番誰よ」 「さや姉だよ」 「なんで水遣りしてないの。見なさいこれ、ミニトマトの葉が萎びてるじゃない、可哀想に」  たき姉は今怒っています。 「家庭菜園始めようって言ったのは誰?私か。もう。私お米研ぐから、あーちゃん先に水あげててくれる?研ぎ汁持って行くわ」 「うん、わかった」  たき姉は、植物に優しい人です。それに共働きで忙しい母と同じ位料理上手です。高校二年生であの腕前ですから、凄いなあって思います。  夕食後のリビン

短編「暮れなずむ朝顔列車 if・怪談」

※この短編は「暮れなずむ朝顔列車」のアナザーストーリーです。#眠れない夜に と云うものに相応しい物を描いてみ見ようかなと初めて怪談めいたものを描きました。先出の短編のイメージを保ちたいと思われる御方はお読みになられない方がよろしいかと存じます。あっちはあっち、これはこれと面白がって頂けるのであれば幸いにございます。果たして怪談と呼べるものか分かりませんけれど・・・。先出の短編を未読の御方は、是非とも先に、元の物語をお読み頂く事をお勧め致します。それではどうぞよろしくお願い致し

掌編「今年も西瓜の季節が来て、初物に嬉しくなる夏の日曜日。謡います。」

 梅雨の明けて、白雲浮かびしや青い空と手を翳しては心持ち爽快なれど、朝夕の涼やかな風いとも容易く払われては、早速揮う連日の暑さよ、汗滲む。我れ弄ばんレースの裾はらり。  長き年月を経て遂に生まれし幾千億万の命の鳴き声山を動かし、大地黙らせる盛況ぶりにて、我が家の柱も揺れる、瓦も揺れる、心が揺れる。惚れたか、惚れられたか、その刹那に賭けよ、一生涯。誰が笑おうとも気にするに及ばん。仮令網振りかぶろうとも逃げ果せてみせよ来世迄。  青草嗅ぎながら手を振り歩くは登り道、影踏み越え

掌編「四尺玉に託すありったけの想い」

「ともさんっ、俺もう嫌っす」  アイスコーヒーにガムシロ一つとフレッシュを三つ入れた佐久間は、ストローで勢いよくグラスの中をかき混ぜて一息に三分の一ほど飲み干すと、向かいに座る二つ上の先輩へ、愚痴の様な泣き言の様な思いの丈を打つけた。深夜のファミレスに集えなくなってから、彼等の集合場所は一人暮らしをしているともの家と決まっていた。 「なんだよ佐久間、又お母さんか?」 「うちの母親は何遍云っても無駄なんすよ、勝手に部屋に入るなって言ってんのに、絶対入ってるし、放課後も休日もど

掌編「星と笹飾りと七回忌」

 家へお寺さんを呼んで祖母の七回忌を行ったのが五月の終わりだった。ごく身内だけが集まる法事だったけれど、母と私は事前準備に追われた為、無事に終わってほっと胸を撫で下ろした。そして、これを一つの区切りにしようと以前から話し合っていた私たちは、約束通りおばあちゃんの遺品整理を始めた。  いざ始めると、その所持品はかなりの量があった。元来物が捨てられない人であったから。だからここまで手を付けられずにいたとも云える。だが、仮令紙の箱一つとっても、中を検めないまま処分する事はできなか

掌編「波打ち際、サクラガイ」

 出会いと別れが或る。それは望み通りにはならないもので、ある日突然やって来て、哀しいとか、寂しいとか、嬉しいとか、鼓動の高鳴りとか、心の内の、切ないのを、たった一瞬で、染め上げてしまう。  今僕の目の前にある、夕日のように。海の表面がくれない色に煌めいている。  砂浜で桜貝を見つけた。波打ち際でもっと奇麗なピンクがきらり輝いて見える。サンダルの足に砂が纏わりつく。むぎゅむぎゅする。楽しい。足首、脛まで海水に浸して、少しだけ冷たい。奇麗の行方を探す。見つけたと思った。手を伸