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電車の来ない駅

この世の果ての果ての果て
真っ暗な宇宙のような駅のホームに
宙ぶらりんの、まあるい電球の下 一人の女が立っていた

電光掲示板は文字化けして弱く光り
今や 全くその役目を果たしていない
電車が来る気配はない
そこにやって来た透明な駅員は
これは珍しいと 女に声をかける

「こんばんは」
「あら、こんばんは」
「私が見えるのですか」
「お洋服だけ。でもそこにいるのはわかりますよ、駅員さん」

風が ごおおお……と吹く
線路はどこまで行っても暗闇だった

「電車を待っているんですか」
「電車を待っているんです」
「しかしここは電車の来ない駅なんですよ」
「でも駅なのでしょう。私は電車に乗る為にホームにいるのではなく、ホームにいるから電車を待っているのです」

ふと駅員は目を落とす
女は大きなカバンを持っている

「どこかへ行くのですか」
「行かなければならないんですが、どこだか分からないのです」
「分からないならば行けないじゃないですか」
「でもどこかに行かなければならないのですよ、私は」

女はカバンをあける
中には洋服や時計、人形、小石まで……
よく分からないものがぎっしりと詰め込まれている

「重そうですね」
「私のではないのです」
「どういうことです?」
「カバンは私のなのですが。気付いたら他人の荷物が詰め込まれていたのです。きっと誰かのイタズラでしょう」
「これじゃあ自分のものが入らないですね」
「いつから私以外の物だらけになったのでしょう」
「出さないのですか」
「出さないです」
「しかし重いでしょう」
「でもこの重さが心地よいのです。たまにとても苦しくなるけど、ここを開くと荷物が沢山詰まっていて、この重さがまるで自分の証明である気がするのです」
「なるほど、…」

続きを言いかけたが、駅員は言葉を飲み込んだ
しかし女は真っ黒な空を見て言った

「でも何故でしょう、こんなにも沢山の物に囲まれているのに、何故だか急にぽっかりと穴が空いたような気持ちになるのです、沢山あればあるほど、まるで何もないような気持ちになるのです。それに名前があればどんなに楽なことでしょう。私はそれの名前を、ずっとずっと探してここまで…」

駅員は女をじっと見た
女は、果てしなく続く線路をぼんやりと見ていた


ふと思いついた駅員は女のカバンを掴み取り
そのまま中身を勢いよく放り出した
驚いてる女をよそに
誰かの日記や洋服、時計に小石におもちゃ…
沢山のものが無責任に宙を舞って地面に落ちる


「これは全て預かります」
「そんな」
「落ちているので落し物ですから。駅は沢山の落し物が集まって来る場所なのです」

呆気にとられる女
駅員は落し物になったものたちを片付けていく
女は天に向かってぽっかりと口をあけたカバンを覗く

「…空っぽになってしまいました」
「貴方は貴方の荷物がきっとどこかにあるのでしょう」
「私の荷物」
「そう、貴方の荷物。どこにあるかは分かりませんが」
「…」
「きっといつかそのカバンは、貴方の荷物でいっぱいになりますよ」

女、透明な駅員を見つめる…


ごおおおおお……
どこからか電車が来る音がする
駅員にさあ、と促され、女は透明な電車に乗り会釈をする
電車は急発進して去っていく


透明な駅員はいつまでも、
女を乗せた電車を見送っていた

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