瞑想の道〚22〛不老不死
真我を悟るとは、自分が真我になるということだ。それは自我を自分とすることからの決別であり、その時点で、自分は自我から離脱したことになる。自我の身体はいずれ年老いるか病気によって、この世界でのその活動を終えるだろう。だが、その終焉を迎える前に自分が真我になったのなら、その時点で自我としての自分は終焉を迎えたのだ。そうなったのであれば、その後に起こる身体の死さえこの世界におけるひとつの現象となり、すでに自分にとっての死ではない。真我実現において、自我は世界に戻され、世界の現象の