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自分軸と社会軸(中学校編②)

中学2年は、周囲の人間が不真面目で、自分自身も腐りかけていた時期でした。
余談ですが、当時ぼくはブギーポップにハマってて、ブギーポップと一連の上遠野浩平作品は、ぼくの中二病時代の象徴であると同時に人生観に大きな影響を与えたものでした。

そんな時期に聞いた“If you want to be happy, be.”の文言は、覆い被さっていた闇に一縷の光が差し込んできたかのようでした。
(詳しくは中学校編①を参照してください。)

アドラー心理学の『嫌われる勇気』が話題になったのもその頃だったと思います。ドラマの方は賛否両論ありましたので、ドラマしか見たことがないという人はぜひ原作も読んでみてください。原作は、前編が哲人と青年の対話形式で書かれています。

中学3年のとき、総合的な学習の時間で「尊敬する人物について調べる」という課題がありました。
そこでぼくは、尊敬する人物にアドラーを選び、『嫌われる勇気』とその続編『幸せになる勇気』を読みました。

人は、自分のライフスタイルを自ら選んでいる。変わりたいと思うなら、ライフスタイルを選び直せばいい。それが出来ないのは、変わるための一歩を踏み出すよりも今と同じ生活を続ける方が楽だと思い、「変わることができない言い訳」を探しているからだ。

人は過去の出来事によって決まるのではない。現在のダメな自分を弁明するために、過去の出来事を引っ張り出して、「あの時こうだから今こうなったのだ」と意味づけをするのである。過去の解釈は、今の自分が当時のことをどう思うかによって全く違ったものになる。
重要なのは、今をどう生きるかである。

アドラーのこうした言説は、ぼくがトルストイから読み取った「幸せかどうかは自分次第である」という価値観を、より明瞭で内実のあるものへと変えました。

そして、パズルのピースがはまっていくように、今まで見聞きしたことや自分が疑問に感じていたことが組み合わさっていき、自分の中で確かな世界観が構築されていったのだと思います。

それは先に紹介したブギーポップもそうだし、アンジェラ・アキさんの『手紙〜拝啓15の君へ〜』もそうです。
「人生のすべてに意味があるから」
「自分の声を信じ歩けばいい」
「いつの時代も悲しみを避けては通れないけれど、笑顔を見せて今を生きていこう」
『手紙』は中学3年、ちょうど15歳のときにピアノの発表会で演奏した曲です。以来ぼくの持ち曲で今でも弾くことができます。

幸せとは何か。人生の意味とは何か。
アドラーは、人生には「これを為すために生まれてきた」というような使命はないと言います。
生きる意味は与えられてはいない。自らが無意味な人生に意味を与えて生きるのである。

15歳のぼくにも確かな死生観がありました。
人生には必ず終わりがくる。しかし、終わりがあるからこそ、悔いの残らぬよう一日一日を大切にできるのかも知れない。「終わり良ければ全て良し」と言う。死を迎えるとき、一生を振り返ってよかったなと思えるような人生を生きたい。

「今を生きる」ということは瞬間の連続だ。その時々に、今の生に満足することができるか。そして、絶えずより良い自分を目指し、より幸せな生を求めて、毎日一歩を踏み出し続けなければならないのである。命の尽きるそのときまで。
人生とは、最良の死を迎えるための不断なる努力である。

そして、中学校生活にも終わりが来ました。
あんなに嫌いで早く卒業したかったのに、いざ卒業という時にちょっとだけ好きになってしまい、旅立ちを惜しみました。色々あったけど、振り返ってみて悪くなかったなと思いました。そう思えたことが本当によかったです。戻りたいとは思いませんけどね。

アドラーは、人生のあらゆる課題は人間関係にあると言います。人は一人では生きていけないから、他人と関わり合う中で悩み、またその中に幸せを見出すのです。
そして、出会いがあれば、別れがある。別れの日がやってくるその前に、悔いの残らぬような関係を築かなければなりません。当たり前だと思っている家族や友人、恋人との関係は、不慮の事故で突然に終わってしまうかも知れません。だから、日々の関係の中で一人ひとりと真剣に向き合っていかなければならないのです。

中学校生活の大半において、ぼくはクラスメイトを信用することができませんでした。分かり合うことはできないと、交友関係を閉じていました。
しかし、卒業を迎えるとき、嫌いだったアイツらとももっと仲良くできたかも知れないなと思いました。女子と話していると「お前ら付き合ってんの?」なんて言われて、思春期の心理から女友達を作れませんでしたが、もっと素直にたくさん話しをすればよかったです。

人間関係には自ら踏み込んでいかなければなりません。そして、相手が自分のために何かしてくれなくても、自分の方から相手のために何ができるかを考え、自ら与えるのです。

そんな思いを胸に、迎えた高校生活。ぼくが踏み込んだ人間関係に何が待ち受けていたかは、また別のお話です。
【続く】


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