見出し画像

Guilty

前回のnoteで「別れの街」について触れたあと、少し気になって調べてみたところ、プロデュースをするにあたって小田さんが”男の女々しさを前面に出そう”と言った、というリリース時の記事を見つけて、思わずにんまりしてしまった。
あれはやはり、きっちり意図して書かれたもので、緻密に構成されていたのだと。
そしてそれが当時中学生だった、曲のターゲット層でない私にもきちんと伝わっていたということは、マーケティングの成功を意味する。

「別れの街」の1年前にリリースされた「Guilty」は山下達郎さんのプロデュースで、私がこの曲を知ったのはリリースから20年近く経ってからだ。
”小田さんがカバーしていたから”という単純な動機で聴いたのだけれど、達郎さんと仲があまり良くなかった(本人たち曰く、”単に闘うフィールドが違っただけ”らしいのだけれど)のに、素直に良いと思った楽曲をピックアップするのは小田さんらしいし、山弦の二人の素晴らしい演奏に乗せて感情を抑えてフラットに歌うと、逆にこの曲は歌詞がくっきりと分かりやすくなるなぁ、と思ったのを覚えている。

先ほどの記事を探したときに、この「Guilty」を提供した時の達郎さんのコメントも併せて見つけた。
こちらは”大人の曲ならテーマは不倫でしょ”だったというのを読んで、達郎さんのそのコンセプト設定の明確さというのがコンスタントにHitを飛ばせる理由なのだろうと感じたし、小田さんよりも更に商業ベースで緻密に計算をされているように感じた。

ただちょっと意外だったのは、この曲は達郎さんが書いているのだけれど、詞は奥様の竹内まりやさんが書かれたということ。
ずっと作詞も作曲も達郎さんだと思い込んでいて-”うちのまりやに書いてもらうわ”と達郎さんが言ったかどうかは分からないけど(昔よく聞いていたラジオでの達郎さんの発言から想像すると、なんかそんなノリで言いそうでもある)-その当時30代前半だったまりやさんがこの詞を書いたということに驚いた。

この詞には救いがない。
”このままじゃ やりきれない”と歌いながら、誰にも救ってもらえず自分では打開しようのない状況を、この男性は受け入れるでもなく、全力で拒否するでもなく、ただ身を委ねている。

この曲の凄いところは、コンセプトは明確なのに、詞の中のある部分には曖昧なところがあり、それは何なのかを各々が想像することで色々な受け取り方が出来るというところだと思う。

虚ろな夜を繰り返しながら、自らに決定権がない。
つまり彼は主導権を持っておらず、彼女との関係を苦しく感じながら、自分からはそれでも手離すことが出来ずにいる。

彼女には世間から関係を知られてはいけない理由(恐らく家庭があるのは彼女のほう)があり、その場所を捨てて彼の許へ行くことは出来ないのだろう。
一方で彼は孤独を抱えている。
その孤独は、彼女が自分だけのものにならないということからなのか、彼女だけが他に居場所を持っていて、自分には居場所がない、という意味なのか。

”小さな約束”が具体的に何なのかがわからないけれど、恐らくこの頃の時代背景を考えると、携帯は普及しておらず固定電話では連絡を取りづらいことから、次に逢う約束(口約束で、不確かな)なのだろうと想像する。
最初は、もう少し先の約束 - 何年か待てば彼女が彼の許へ行くというような - かなとも思ったのだけれど、そんな約束をしているのなら、ここまで彼は切実ではないだろう。

多分、彼は分かっているのだ。

彼女は、彼が恋焦がれるほどには、彼のことを想っているわけではないということ。
明らかに純粋に彼は彼女を求めていて、彼女はその立場も含めてしっかり向き合える状況にない。

まりやさんが若干30代前半(しかもお子さんを出産した直後だったという)でこの詞を書いていることは凄いと思うし、”オンナって怖いよねー” と自分の内側の女性性を含めて、改めて思う。

この詞は、男性にはきっと書けない。
たとえ頭では分かっていたとしても、淡く期待をしてしまうだろうから。
女性はある意味では男性ほど優しくないし、冷徹な一面も持っている。
現実的で打算的な生き物。
それが分かるのは、同じ女性だから。

”Guilty” - 有罪- 。
女性の存在そのものが、罪。
そんな風に捉えてしまうのは、私の中の女性性がこの曲を聴くたびにちくりと疼くように思うからだろうか。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?