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朱鳥 蒼樹 掌編選

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掌編小説を集めました
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#掌編小説

闇医者【創作掌編】

 僕がそのお医者様と初めて出会ったのはマシェという山奥の自治区だった。

 その日、山菜採りに山に入っていた僕は木に絡みついていたイバラで足首を深く切ってしまった。その場では何ともなかったが、家に帰って見てみると傷口は化膿して何倍も膨れ上がり、その痛みで一歩も歩けなくなってしまったのだ。
 僕はエルフと呼ばれる種族で、レナウン皇国では人間以下の扱いを受けている。幸いここマシェは多種族の暮らす自治区

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守り神《創作掌編》

 うっすらと東の空が明るくなる頃、僕は人が一人余裕で入ってしまいそうな大きなトランクを持って外へと出た。石畳を踏む音は僕以外にない、まだまだ町は眠りの中だ。
 僕は振り返って今しがた出てきた門を見上げた。黒いカラスと小さなスズメが鳴き声も上げず静かにこちらを見下ろしている。門に掲げられた聖なる印も色を失って黙っている。生命の呼吸が聞こえないこの場所で今動いているのは僕だけ。僕はこの時間にしか動けな

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無常と願い《創作掌編》

生は刹那的
終わりがいつ来るとも知れない
少しでも永くあれと
願わない者はいないだろう

しかし、生が一定不変のものであれば?

終わりの見えぬ生を
少しでも永くあれと願うだろうか

無常の世を生きるから
願いが生まれる
限られた時間の中
私たちは祈るのだろう

《灰蜘蛛ノ手記》

傘の花《創作掌編》

その日は曇り空だった。灰色の雲に手が届きそうなほど低く、タメ息がまとわりつくような雨模様。

――心が弾むおまじない、かけてあげるね。

そこに現れた小さな泡吹きさんは、持っていた小さな筒を吹い上げた。

ぷくぷくぷくぷくぷく

中空に舞い上がった泡が雨に当り弾けて落ちる。

重い雫、
軽い雫。

その雫を受ける大地にはとりどりの花が咲いていく。花弁に弾かれた水が奏でる音楽は優しく、まとわりつくた

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喫茶室の片隅で…《創作掌編》

カッフェで一息つひてゐる時であった

私は壁に近ひ一人掛けの席につひて、ウインナ珈琲を飲み乍らぼんやりと向かひの席を見てゐた

(電球が切れてをる)

其の席は横に四つ並んだ席の左から三つ目、一番左の席も心なしか照明が暗く思はれた

(誰もおらぬ)

私は電球灯らぬ寂しひ席を眺める
佇む椅子の背が泣ひてゐるやうだった

誰も其の声に気がつかぬのだ

サックスの物憂げな歌が響く其処は
底知れぬ寂寥を

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芸術者とは《創作掌編》

創ることとは戦うことと見つけたり。

技量、技法、巧拙……。
最高峰の戦いにおいてこれらはさして役に立たぬ。皆々がそれぞれに持っているものにどうして優劣をつけられようか。

創作とは謂わば自分との戦い。誰に何と言われようと己を貫き、血反吐を吐きながらも、完成の時まで進むこと。

ここに二人の絵師がいる。

魂の叫びを自分の命を、己の全てをかけた絵で人々を魅了する絵師が一人、

巷間の美を追究し、人

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Lachrymatory(創作掌編小説)

【君の涙の粒を集めて】

 流れ落ちる一粒の雫、俺はそれを集め続けていた。透き通った小さな水晶を小さな瓶に入れて眺めていれば、欠けた何かがわかるかもしれない、そんな一心で。

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 それは「涙壺」といった。俺の育ての親であるハイエルフが作った色とりどりの硝子の小さな瓶、大人の中指ほどの長さで片手で握るのに最適。俺は瓶の首に紐をかけ

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こころうり(創作掌編)

こころうり(創作掌編)

 『当店で販売致しております《こころ》は非常に繊細でございます。ご購入をお考えの方は以下の点にご注意ください。

  1、割れ物注意、天地無用
    お持ち帰りの際は十分お気をつけください。

  2、手作り品のため所々に綻びがございます。
    あらかじめご了承ください。

  3、初期不良以外での返品・交換はできません。

  4、オーダー品のお届けには
    お時間をいただいております

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思い出の砂時計(創作掌編小説)

 人間は薄情だ。

 肉の器が死を迎え、無事に往生できるようにと儀式を行うまでは飽くまで泣き続ける。ところが焼いて骨になった瞬間に、彼らはまるで泣き尽くしたとでも言うかのように涙の一滴すら流さなくなるのだ。骨は無機物でそこに感情など宿ろうはずもない、という無意識の現れなのだろうか。

 否、忘れたくない、そう思っていても記憶は薄らいでいく。無常が彼らの視界を塗り替えて日常的風景を上書きしていく。そ

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DeathMask(創作掌編小説)

DeathMask(創作掌編小説)

 幼い頃、貴方はこんなことを言われたことはあるだろうか。

 「自分がやられて嫌なことを他人にしてはならない」

 こんな言葉、詭弁だ。例え自分がこの言葉を守って正直に生きていたとしても、他者が自分と同じように守ってくれるとは限らない。よりよく生きるために己に課したルールがある日突然僕を裏切ることだって考えられよう。僕の首をキリキリと絞め上げて、どうだ痛いか、苦しいか、と嘲笑する。その表情を想像し

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空の箱(創作掌編小説)

 ――内緒だよ。

 彼はそう言って、私をある場所に誘った。
 骨董趣味が昂じ、古美術商達の間でも噂の稀少種蒐集家。それが彼だ。
 まだ年端もいかぬ風体の彼がたった一人で住まっている屋敷はそれ自体が第一級の骨董品とも言えるほど。内部は己が百年の時空を越えてしまったかと錯覚するぐらい、生き生きとした骨董たちが所狭しと並んでいる。
 骨董にさして詳しくない私でもわかる。これは一級品だ、とんでもなく状態

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雪風よ…(創作掌編小説)

 
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 雪の様な白磁の肌、絹糸の如き艶やかな髪、三日月を形どる唇、雫煌めく垂れた睫毛…。其の奇跡の美しさに僕は思わず息を飲んだ。言葉等出てきはしまい、否万が一出てきたとしても俗世に残る言霊で此の美しさを説明できる筈がない。其れ程にも端正で儚くも麗しく…。
 …例え透き通った着物の奥にたった一筋走る歪な紋が在ろうと、彼の魅力は変わり

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凍て空(創作掌編)

 ふと空を仰いだら一番星が輝いていた暮れ方。《空の染師》の仕事が始まる時間だ。地平線を染める橙に暗い紺色がじわりじわりと染み込んでいくのがなんとも幻想的である。

 《空の染師》の仕事は一日中続く、明け方になれば紺色に光を表現するように白色を染み込ませ、太陽の光をより明るく見せる。少し失敗すれば、色が淀み色斑残る曇り模様。なんとか元の色に戻そうと奮闘しても、にっちもさっちもいかなくなれば水でそれら

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月食(創作掌編)

やや、なんたること
くろき健啖家が
散りばめられし金米糖を
脇目もくれず食らうてをる

赤、青、白、
とりどりの金米糖を
脇目もくれず食らうてをる

天高く
数多の金米糖を身に宿した丸缶詰を
健啖家は見逃さぬ

嗚呼、一際大きなるその缶詰に
彼は飛びついて
脇目もくれず食らうてをる
欠けに欠けるは何事ぞ
丸缶詰はいずこにかをらむ

脇目もくれず食らうてをつた健啖家は
満ち満ちた笑みを浮かべて肥えて

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