昔は〇〇なんて無かったなぁ
バツイチ子持ち京大卒元メガバンカーで現在プログラミングスクールに通っている総一郎(人生2周目)です。
友人の美容師に髪を切ってもらいにいくとき、僕の分に加えて差し入れも兼ねて彼の分のアイスコーヒーも購入した。
コーヒーマシンで挽きたてを入れ、ストローも二人分とり、一つずつ両手に持ちながらコンビニを出るとき、ふとこんなことを思った。
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▼昔は〇〇なんて無かったなぁ
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「両手が塞がっている時、自動ドアって便利だよなぁ」
「いやでも、そういえば昔は自動ドアなんて無かったなぁ」
と思った。
今では当たり前になりすぎていて、自動ドアが無かった時代を忘れかけていたが、そういえば自動ドアは昔は当たり前じゃ無かった。
僕が小学生低学年のころ、まだコンビニがここまで普及していなかったころ。
自動ドアがついたコンビニが現れたときに、
「いやいや、わざわざ自動にする意味あるんか?」
「近づいても反応が悪くて開かないこともあるし、壊れることもあるし、手で開けた方が早いじゃん」
「いやいや手で開けろよ。どこに電気代使ってるんだよ。」
なんて思っていた。
だが、今では当たり前のようにその便利さを受け入れている。
そういえば、今思い返せば小学生のころに住んでいたマンションのエントランスは自動ドアだった。
コンビニについた自動ドアには文句をいうくせに自分は自動ドアつきのマンションに住んでいただなんて笑い話だ。
それでいうと、その時代は今ほどエスカレーターも多く無かったし、
自転車だって電動のものなんて無かった。
男子トイレだってセンサー式ではなくボタンを押して水を流していたし、
トイレにハンドドライヤーなんて無かったし、
トイレで手を洗うときはセンサー式のものなんて無かったから蛇口を捻って、せっかく洗った手で蛇口を閉め直していた。
先日我が家に自動のソープディスペンサーを買って歓喜していたが、こんなものは家庭に無かったどころか、公衆のトイレにだって百貨店のトイレにだって無かった。
自動になったものたちを探すとなぜかトイレ周りのものが多いのも不思議だが、文章を書きながら思い出せるのはこの程度だ。
こうしてみると水回りは衛生面を考えてタッチレスの方向に進化を遂げる過程で電動のセンサー式のものが増えたようだが、
今は当たり前のものも昔は当然だが無かったんだなぁと思うと少し感慨深い。
「いや手動で良いやろ」
「電気代の無駄だ」
とかいう反発もありながらも、やはり人間は怠惰で、便利さには抗えないんだなぁとも思う。
もっと遡れば自動車だってエレベーターだってインターネットだって無かったのだから、便利さには勝てない。
そのうち本当に一歩も動かず、指一本すら動かさずに意識だけが仮想空間で動き出す日が来るのかもしれない。
きっとその便利さには抗えないんだろう。
PS(追伸)
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