『浮世絵』風は、唯一の生き残り戦略
イギリス時代、自分の個性は『日本人』ということしかなかった。
まだ立ち上げたばかりだったロンドンのアニメーションスタジオは、私が労働ビザ取得のために日本に一時帰国して戻ってくると、すっかりプロのアニメーターやデザイナーばかりになっていた。
焦る。
こちらは、英語もろくに話せない新卒の若造。
ぶっちゃけ、アニメーションの才能も、デザイン的なセンスも持ち合わせているわけではない。
このままではクビになるかもしれない。。。
そこで、武器にしたのが私が『日本人』ということだった。いや、それしかなかったのだ。
とはいえ、日本人のデザイナーとして求められそう『萌え系』は描けない。『萌え系』を描ける、画力を持っていないのだ。
人間の骨格は難しい。
そこで、思いついたのが『浮世絵』だった。
「写楽の絵はデッサンが狂っているらしい。」
どこかで聞いたことがあるその話を、無邪気に信じることにした。
色々な資料を集めるだけ、集めてみる。
そして、見よう見マネ真似で描いてみる。
気持ちはもう、ニッポンかぶれのエセ外国人だ。
PhotoShopで実際の『浮世絵』からテクスチャをパクって貼り付ける。
日本人が、ニッポンの文化をパクったのだ。
周りは外国人だけの環境(というか、私が外国人)
外国人がデタラメな漢字を書いても誰も読めないように、私のデタラメな『浮世絵』風のイラストも受け入れられた。
一人でも同僚に日本人がいたら、挑戦しなかったのかもしれない。
(一応)日本人が描いた日本風なイラストは、他に日本人がいたら説得力が薄れていたに違いないからだ。
2006年。英語もろくに話すことができない日本人の若造は、一人で短編映像の制作を任せてもらうことになる。
そんな『浮世絵』風なイラストを使って、ロンドンにあるカフェの店内映像で流す映像を作ることになったのだ。
絵コンテから、アニメーション、編集まで一人でこなす。
単に(英語が話せないので)他のメンバーとのやりとりが困難だから「まるぶり」されたに過ぎないのかもしれない。
とはいえ、このアニメーションがきっかけで、その後も何本かディレクションを任されることになった。
時は過ぎ、2020年。
公益社団法人国際交通安全学会から、『緑内障』と『睡眠時無呼吸症候群』に関する動画制作の依頼が来た。
日本の高齢者向けの運転啓発目的だ。
池袋の暴走事故から、高齢者の運転には厳しい目が向けられるようになっている。
しかしその事故の原因のほとんどは、単に高齢になってしまったからではない。緑内障や睡眠時無呼吸症候群などによる、病気の可能性も含まれているのだ。その病にさえ気づき、治療することができれば、運転年齢は上がっていくはずだ。
そんな動画を、いくつか提案候補の中から、『浮世絵』風で作成することになった。
ニッポン人が描いたニッポンの『浮世絵』風の作品が、ニッポンの高齢者に向けのアニメーションになるのだから感慨深い。
『浮世絵』風のアニメーションはなかなか評判が良いようで、最近も続編の声も頂いている。
ニッポンの不思議だ。
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