究極の雪国のくらし

十日町市に移り住んで7年の月日がすぎた。米を作ったり、コーヒーを淹れたり、写真を撮った…

究極の雪国のくらし

十日町市に移り住んで7年の月日がすぎた。米を作ったり、コーヒーを淹れたり、写真を撮ったり。春夏秋冬、ここでの暮らしをおいながら、日本遺産「究極の雪国とおかまち ―真説!豪雪地ものがたり―」の真髄にせまってゆきたい。 https://snowrich-tokamachi.com/

最近の記事

#22 巡りゆく季節のなかで根をはること

「究極の雪国の暮らし」というタイトルでブログを綴り始めてから1年が経とうとしている。報道カメラマンとして撮影してきた「大地に根を張って暮らしている人々」のように僕も暮らしてみたい!と十日町市に移住してからは8年が過ぎようとしている。 報道カメラマンの仕事は観察者になることである。常に被写体との関係を中立に保ち、日常を写すこと、声を聞き大衆に届けることが仕事だった。一方で、十日町市で根を張ることは、中立的な視点から軸足を少しだけずらし、観察者から実践者へとなることだった。

    • #21 雪国のヒーローと雪掘りのある暮らし

      十日町市にはヒーローがいる。それは決まって大雪の後に現れる。黄色い車体で赤いロータリーを回して道路の雪を飛ばしていくヒーローだ。 息子と初めてミニカーを買いに行ったとき、たくさんの車が並ぶ中、息子が1番最初に自分の意志で選んだ車はゴミ収集車だった。松之山の最深部で暮らしていたころ、毎日やって来るごみ収集車は息子にとって1番身近なヒーローだった。冬になり、彼のコレクションに当然のようにロータリー除雪車が加わった。世界的に有名なスポーツカーなどには目もくれず、いわゆる「働く車」

      • #20 どこでも美味しい十日町市の飲食店

        十日町市街地にある住宅街の細い路地を入ると、柔らかな光を放つ一軒の飲食店がある。冬になると雪に覆われ、お客さんがタクシーを呼ぶときに「お店の前まで車で入っていけますか」と聞かれるほどの通りだ。 「だぼる」という一風変わった名の店の主人・貝沢友哉さんに話を聞いた。 「だぼる」とは、2002年に開催されたサッカー日韓W杯の直前に十日町市でキャンプをしたクロアチアのサッカー選手ダボル・シュケル選手からもらったものだという。当時、小学生にサッカーを教えていた貝沢さんは子どもたち

        • #19 ツケナとニーナ

          「ごちそうさまでした。美味しかったです」。 そう言って若者たちが次々と食器を下げてはゲレンデへと飛び出していく。 「ありがとう。楽しんでいってね〜」。 その背中に桑原優子さんが優しく声をかける。 ここは十日町市塩ノ又の上越国際スキー場内にあるレストハウスゆもと。昨年8月下旬に漬け菜の種まきで取材をしてから約半年ぶりに桑原さんを再訪した。 あの残暑が厳しく、少し動いただけで汗が噴き出した蒸せ返るような緑の世界は、辺り一面の銀世界へと変わっていた。今年は例年にない

        #22 巡りゆく季節のなかで根をはること

          #18 松代ファミリースキー場

          この冬が始まる前から僕にはひとつ心配事があった。 それは今年小学校1年生になった息子が通う小学校で親子スキー教室があることだった。なんでも親子でスキーのリフトに乗らなくてはならないらしい。 十日町市で暮らし始めて8年目。スキー場は近くにあっても遠い存在だった。ここ数年、冬場は松之山温泉スキー場の駐車場でコーヒー屋をやらせてもらっている。それでもスキー客のみなさんがSNSであげているような山頂からの絶景は、僕にとって果てしなく遠い景色に思えた。リフトに乗ればすぐそこなの

          #18 松代ファミリースキー場

          #17 ワラ細工

          井ノ川勝一さん(83)は冬になると、ワラ細工に励んでいる。ワラは井ノ川さんの手によって、手籠(てご)や草履や長靴などに形を変えていく。葉タバコを栽培していたころ、葉を乾燥させていた部屋を作業場にした。 井ノ川さんは幼少期、冬場はワラ仕事をする祖父の横で育った。「今のように保育園もなかったですからね。いつも見よう見真似でね」とワラに触れるようになった。 物心つくころには、縄をなうコツを取得していたという。そして、小学生になるころには、「自分で履く草履は自分で作れ」と本格的

          #16 雪下キャベツ

          雪のなか、市内の専業農家・水品直子さんがスコップで雪を掘り返していた。雪の下の薄いシートをめくると、そこにはキャベツが並んでいた。 「雪が降る前に、キャベツを根つきのまま、畑から採ってくるんですよ」と言われて僕の頭の中は「???」となる。根つきのキャベツが想像できないのだ。 次の瞬間、水品さんが取り出したキャベツから包丁でザクっと根を切り落とした。 「え〜、キャベツって根っこの上に茎があって宙に浮いているんですか?」と僕はなんとも的外れな感想を口にする。十日町市に

          #15 鳥追いと塞の神と小正月

          ありゃりゃが 鳥追いだ だいろどんの 鳥追いだ かしらきって しりきって おんだわらへ ほりこんで さどがしまへ ほーいほーい 夕刻から激しさを増した雪の中、中里地域の重地集落に子どもたちの歌声と、それを包みこむような野太い男たちの歌声が響く。1月13日の午後7時過ぎ、「鳥追い」が始まった。 鳥追いは田畑を荒らす鳥獣を追い払って豊作を祈る小正月の風習だ。子どもたちが主役の祭りで、拍子木を叩きながら歌を唄い、集落を練り歩く。途中、ご褒美にお菓子をもらったり、冷えた体を暖め

          #15 鳥追いと塞の神と小正月

          #14 日本酒

          十日町市の松乃井酒造場でこの冬仕込まれたばかりの「しぼりたて生」を口に含む。ふくよかな香りが広がり、フルーティーなフレーバーが残るすっきりとした日本酒だ。 今から8年ほど前、横浜市から十日町市への移住を決めた。そのころ漠然とだが、移住したら浴びるように日本酒を飲むのだろうな、と思っていた。 ところが、十日町市に移住して2週間も経たないうちに、妻が新しい命を宿していることが分かった。とにかく、十日町での暮らしは飲兵衛ライフではなく、子育てライフへとシフトしなくてはならな

          #13 雪と言葉

          僕は数年前から、春・夏・秋と松代のやぶこざきキャンプ場内で祝日と週末、自家焙煎のコーヒー屋の店主をしている。雪が積もれば冬季休業に入るため、この時期はいつも天気予報と睨めっこしながら、いつまで営業しようかな?と思案している。 今年は暑かった夏を引きずったのか初雪は時期も遅く、降雪量も少なめだった。コーヒー屋は結局、12月17日まで営業した。18日からの寒波に伴う雪予報は、十日町市に根雪となる雪をもたらすだろうと思われたからだ。 「明日は本当に雪が降るの?」と思わせる、生

          #12 女子会と秋の味覚と冬支度

          よく晴れた秋の昼下がり、松代の会沢集落に住む小野島トクさん(85)の大きな笑い声が家の中から漏れてきた。家の中には、同じ集落に住むツマさん、けい子さん、定子さんと浩子さんがテーブルを囲んでいた。 「さぁ、これから最後の料理を始めるわよ」。 僕が家の中に入ると、トクさんは台所へ立ち上がり、予め下ごしらえしていた具材を素早く巧みに調理してゆく。 「私はねぇ、何でも(料理が)早いんですよ」。 瞬く間に、蓮根と鶏肉の炒め煮、イトウリの炒め物、ポテトサラダが完成する。今日の

          #12 女子会と秋の味覚と冬支度

          #11 火焔型土器と向きあう

          照明の落された部屋でスポットライトを浴びて浮かびあがるナンバー1とよばれる火焔型土器(指定番号1)と静かに向きあう。 十日町市の笹山遺跡で出土したこのナンバー1を筆頭にした深鉢形土器57点のほか石器・石製品類などを含む総数928点は1999年、国宝に指定された。新潟県唯一の国宝であり、縄文土器としては全国唯一の国宝でもある。十日町市博物館では、そんな貴重な火焔型土器をいつでも見ることができる。 僕らが日々踏みしめている大地の下に、そんなお宝が眠っているなんて想像するだけ

          #11 火焔型土器と向きあう

          #10 キノコ

          「それじゃ、行こうか」 軽トラを下りた小堺眞一さんがカゴを手に歩き始めた。向かった先はスーパーマーケットではなく、山の小道だ。カゴの中には財布ではなく、鎌が入っている。 「山菜はさぁ、行けば何かしらあるから。でもキノコはさ、ない時は何もないんだ」。 そう言ってカゴから取り出した鎌で地面を覆う落ち葉を払いながら、注意深く歩いている。 「おっ、あった!」 鎌の先にあるのは、ハタケシメジだ。 「これは煮物とか吸い物にして食べるとさ、美味しいんだよ。」 「ほら、そこにも

          #9 ハサ場と天日干し米

          稲穂が黄金色に染まるころ、十日町市のあちらこちらで、ハサ場と呼ばれる建造物が作られる。刈って束にした稲を天日干しするための棚で、観察してみると、杉の立ち木を利用して横に丸太やロープを渡していたり、単管パイプだけで組み立てていたり、様々な形態がある。さらに観察してみると、集落ごとにハサ場の作り方が似ていたり、すぐ隣の集落ではまた別の作り方をしていたりと面白い。 稲を掛けてしまうとその違いが分かりづらくなるし、どのようなハサ場で干されても、天日干しされたハサ掛け米は追熟がすすみ

          #9 ハサ場と天日干し米

          #8 茅葺き屋根の建ものがたり

          焼けつくような日差しを浴びながら1人の男性が茅葺き屋根の上にあがり、もくもくと作業していた。今年の夏は盆を過ぎても日差しが和らぐことはなく、立っているだけで足の甲がジリジリとしてくる。男性は細く束ねられた茅(ススキ)を屋根に刺したり、木製の大きな槌でその茅を屋根に叩きこんだり、経年で薄くなり苔の生えた屋根を丁寧に修復していた。 大地の芸術祭の作品でも有名な「うぶすなの家」は、1924年に建てられた越後中門造りで茅葺き屋根が特徴の古民家だ。中越地震を機に空き家となった家は20

          #8 茅葺き屋根の建ものがたり

          #7 漬け菜の種まき

          十日町市内の小学校で夏休みも終わった8月下旬、十日町市塩之又温泉にある上越国際スキー場のすぐ前にある畑で、桑原優子さんの家族が種まきをしていた。 夏休みが終わったとはいえ、背後に望むゲレンデは青々としていて、まだまだ気温も30度を超えている。少し動くだけで汗が吹き出てくる。一体、何の種を蒔いているのだろう? 赤味がかった小さな種は野沢菜の種だ。ここでは漬け菜とも呼ばれ、11月に収穫した野沢菜はすぐに漬物にされ、豪雪地帯では大切な冬の保存食となる。やはり、ここにも先(未来

          #7 漬け菜の種まき