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#21 雪国のヒーローと雪掘りのある暮らし

十日町市にはヒーローがいる。それは決まって大雪の後に現れる。黄色い車体で赤いロータリーを回して道路の雪を飛ばしていくヒーローだ。

雪国で暮らしていれば必ず憧れるロータリー除雪車。ミニカーだって持っている

息子と初めてミニカーを買いに行ったとき、たくさんの車が並ぶ中、息子が1番最初に自分の意志で選んだ車はゴミ収集車だった。松之山の最深部で暮らしていたころ、毎日やって来るごみ収集車は息子にとって1番身近なヒーローだった。冬になり、彼のコレクションに当然のようにロータリー除雪車が加わった。世界的に有名なスポーツカーなどには目もくれず、いわゆる「働く車」にばかり興味を持った。

ヒーローを見送る背中

十日町市に越して以来、「雪は大丈夫?」「なんでこんな雪深いところに?」という質問を数えきれないくらいされてきた。関東で暮らしてきた僕にとって、綺麗で、憧れつづけた雪がここではまるで悪者のようだった。そんな悪者を吹き飛ばすロータリー除雪車が息子のヒーローになるのは当然のことだったのかもしれない。
 
トタン屋根に打ちつけていた雨音が急に静かになる。「あれ?雨がやんだのかな?」と障子を開けて外を見ると、大粒の雪が静かに舞っていた、なんて経験をこちらに来て何度もした。冬の始まりに経験したそれは、とてもワクワクするものだった。
 

年末年始を横浜の実家で過ごして十日町市に戻ってみると玄関が埋もれていたことも
とりあえず家に入るために雪を掘る。十日町市に移住してきて最初に住んだ松之山の家で

朝になり、目が覚めると自分が今まで持っていた常識の何倍もの雪が積もっていてびっくりしたことが多々あった。一晩で1メートル近く降る雪は僕の想像をはるかに超えていた。雪に憧れてはいても慣れていない僕は、ただ単に家を出て車に乗りこむまでに1時間もかかって約束に遅れることもあった。数日間家を留守にしていたら玄関が雪で完全に閉ざされ、トンネルを掘って家に入ったこともあった。
 
「ああ、これが究極の雪国暮らしか」とただ笑うしかなかった。

田んぼの上を散歩していたら除雪車がやって来た。地面は同じ高さなのに、なんだか随分と見下ろしている

ただ、「雪は大丈夫?」という数えきれないほど聞かれた質問に答えるならば、「大丈夫です。だって、十日町市って除雪が完璧じゃないですか!」が答えとなる。
 
カメラマンである僕は昔の写真を見ることがとても好きだ。当然ながら十日町市の昔の暮らしを写した写真も沢山見た。子どもたちが学校に通うために朝早くから道をつけている大人たちの写真。男性が出稼ぎで留守の最中、女性たちが雪に埋もれそうな家を文字通り掘り出す写真(こちらに来て、僕は「雪かき」ではなく「雪掘り」という言葉を知った)。春先に大きなノコギリで雪を切り出している写真。

ヒーローがいなければ、移住者である僕らはここに住むことができない

どの写真を見ても、「こんな大変なところでは生活できない!」と思わされた。それでも、今なら大丈夫だ。だって、僕らにはヒーローがいるから。
 
こちら来たばかりの、まだ何も知らなかったころ、午前4時ごろに轟音を立てながら家の前の雪をどかしてくれる除雪車にびっくりして飛び起きたことがあった。それがいつしか目を覚さなくなったり、除雪車が来る前に起き出して家の雪を道に出したりするようになった。

松之山の家はやがて雪に埋もれ…
妻は屋根からジャンプした

実は僕は十日町に来てから2度の引っ越しを経験している。最初は松之山の最深部にある集落の茅葺き屋根の家に住んだ。茅葺き屋根の家はまず屋根の天辺まで行き、上から雪を下ろさなくてはならないことを学んだ。

松代に越してきた家のお隣さんのシーズン最初の雪下ろし。
上の写真から2週間で辺りは雪の壁で囲われた

そこから、縁あって松代の自然落雪の家に越した。「ああ、これで屋根の雪下ろしをしなくていいぞ」と思っていたら、屋根から雪が落ちる時のあまりの音にびっくりして飛び上がったことある。そして、屋根から落ちた雪も放っておくと2階の窓よりも高く積もり、落ちて固くなった雪を片づけることが大変なことも知った。

縁あって購入した自宅(左)。屋根から落とした雪で一階部分が埋まりつつある

その後、その家の隣の古民家を縁あって購入することになった。その家には灯油の融雪ボイラーがあるのだが、灯油代の高騰もあって越してきて以来3冬、一度もスイッチを入れたことがなく、自ら屋根にあがって雪を下ろしている。この場合、茅葺き屋根の家とは反対で下から雪を下ろしながら上がっていく。
 
大雪が降った後、周囲の家を見渡し、「ああ、みなさん、屋根に上がっている」と僕も慌てて屋根に上がる。ご近所さんがみな屋根に上がっている景色を僕も屋根の上から眺めるとなんとも言えず心が安らぐ。屋根の雪を下ろした翌日、再び大雪で屋根に雪が積もっているとガッカリしてしまうけれど、多くたって屋根の雪下ろしはひと冬で5回ほどなので、まぁ、楽しくやっている。
 
究極の雪国暮らしといっても、その年々で降雪量は様々だ。雪が少なければ「楽だね」なんて話もするが、除雪やスキー場など雪国の冬の経済を回している各所からは悲鳴が聞こえ、山間地の農家さんは雪解け水の少なさから田んぼの水不足を心配する声もあがる。

出かける時は、車を掘り出すことから

例年にない少雪といわれる今年は一度しか屋根の雪を下ろしていない。個人的には楽してホッとしたような、なんだか物足りないような気分である。
 
最後に、僕には毎年楽しみにしていることがある。それは冬の始まりにみなさんが口々に語っている「今年の降雪量」予想を聞くことだ。「秋にカメムシが大量発生したから大雪になる」とか、「カマキリが家の高い位置に卵を産んでいるから大雪だ」とか科学的根拠のなさそうなものから、「今年は海水温度が高いから、大雪だ」という科学的根拠のありそうなものまで、みなさん楽しそうに話しているのだ。

除雪車がやって来る直前の午前3時すぎ。辺りは静けさに包まれていた

移住当初、僕はそんな話を聞くたびに、ドキドキしていた。
 
ただ、今ではそんな話を楽しく聞くことはあっても、ドキドキすることはなくなった。それは僕が雪国暮らしに慣れたからではない。どんなにみなさんが真面目な顔で話そうとも、「そんな降雪予想などそう当たるものはない!」と学んだからだ。
 
そんな僕も「2年連続で少雪はないだろうから来年は大雪かも」などと早くも来冬の予想を立てている。

少雪だった今シーズン。雪がガードレールを覆い、道路の両脇に雪の壁ができることはなかった。さて、来年は?

『究極の雪国とおかまち ―真説!豪雪地ものがたりー』 世界有数の豪雪地として知られる十日町市。ここには豪雪に育まれた「着もの・食べもの・建もの・まつり・美」のものがたりが揃っている。人々は雪と闘いながらもその恵みを活かして暮らし、雪の中に楽しみさえも見出してこの地に住み継いできた。ここは真の豪雪地ものがたりを体感できる究極の雪国である。
 

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