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#19 ツケナとニーナ



「ごちそうさまでした。美味しかったです」。
 
そう言って若者たちが次々と食器を下げてはゲレンデへと飛び出していく。
 
「ありがとう。楽しんでいってね〜」。
 
その背中に桑原優子さんが優しく声をかける。

スキー客で賑わうレストハウスゆもとで大忙しの桑原夫妻

ここは十日町市塩ノ又の上越国際スキー場内にあるレストハウスゆもと。昨年8月下旬に漬け菜の種まきで取材をしてから約半年ぶりに桑原さんを再訪した。

レストハウスゆもと(左の赤い屋根)前の田んぼは雪の広場になった
夏場は別世界

あの残暑が厳しく、少し動いただけで汗が噴き出した蒸せ返るような緑の世界は、辺り一面の銀世界へと変わっていた。今年は例年にない少雪と言われているけれど、もしかしたら今、十日町市で1番雪深いところなのではないだろうか?
 
半年前に畑に蒔かれた種は漬け菜となってレストハウスゆもとを訪れるスキー客に振る舞われていた(本当は半年とおかず、収穫と漬けこみの取材にも来たかったのだが僕が体調を崩して叶わず)。

漬け菜
煮い菜(ニーナ)

「漬け菜(ツケナ)」と「煮い菜(ニーナ)」は十日町市を代表する郷土料理であり、冬の保存食だ。野沢菜漬ともよばれる漬け菜が春先に発酵が進み酸味が増すと、それを塩抜きして煮込み、新たな逸品に生まれ変わる。レストハウスゆもとを妻優子さんと切り盛りする弘行さんは、漬け菜を塩抜きするために2度ほど煮こぼし、それから煮干しと醤油と出汁を足して煮込む。


煮干しと醤油、出汁を加えて煮込む煮い菜

ただ漬け菜も煮い菜もレシピは各集落、各家庭で違う。桑原さんのところでは、漬け菜を漬けるときに、大豆とごぼうを隠し味に使う。以前、「そんな秘伝のレシピを教えてもいいんですか?」と聞いたところ、「言ったって誰も真似しないから大丈夫よ」と笑われた。どこの家にもそれぞれのレシピがあって、わが家が1番美味しいと思っているのだから他人の真似はしないというのだ。煮い菜も打ち豆を足したり、砂糖で甘く煮つけたり、レシピも色々あるのだそうだ。

桶から漬け菜を取り出す。空気に触れると味はまろやかに変化していくという

近所にお茶を飲みに行くと、「うちのを食ってみらっしゃい」と漬け菜や煮い菜が出される。みなが自分の味に自信をもっている。ここまで近所でレシピや味が違うのは、雪で閉ざされ、人や物同様、情報も行き来が遮断されていたからだろうか。

モツ煮込み定食

僕もスキー客に混じってモツ煮込み定食(昨夏に取材した時、人気と聞いていた)を頼み、早速、漬け菜と煮い菜を味わってみる。
 
漬け菜はキリッとエッジの効いた塩気が食欲を増幅させる。一方で、塩抜きされた煮い菜は柔らかく食べやすい。漬け菜なら茎が、煮い菜なら葉が美味い!気がする。桶から出した漬け菜は空気に触れると、どんどんまろやかになっていくという。

煮い菜を盛りつける

「ここの漬け菜や煮い菜を目当てにレストハウスに来てくれるお客さんも多いんですよ」と桑原さん。
 
「先日、『30年ぶりに来たけど、漬け菜の味が変わってなくて感動した!』なんて声もかけてもらいました」
 

お客さんも認めた30年間変わらぬ味。

そんな桑原さんも30年前はスキー客の1人だった。
 
「リフトの1番上から見る晴れた日の八海山とか、本当にきれいなの」。
 
そんな素晴らしい思い出があるからこそ、今もスキー場を訪れるお客さんと感動を共有できるのだという。
 
変わらない味、変わらない魅力がここにはある。
 
漬け菜には清冽な冬の気配が、煮い菜には春の穏やかな空気が閉じこめられている、ような気がした。一度、口にすれば、その冬の、その春の記憶が刻まれ、再び、三度と口にすれば、それぞれの人の中で眠る甘く美しい思い出を蘇らせる記憶装置のスイッチのような役目が漬け菜や煮い菜にはあるのかもしれない。

レストハウスゆもとはいつだってゲレンデの麓にある。営業を終えた桑原夫妻。

『究極の雪国とおかまち ―真説!豪雪地ものがたりー』 世界有数の豪雪地として知られる十日町市。ここには豪雪に育まれた「着もの・食べもの・建もの・まつり・美」のものがたりが揃っている。人々は雪と闘いながらもその恵みを活かして暮らし、雪の中に楽しみさえも見出してこの地に住み継いできた。ここは真の豪雪地ものがたりを体感できる究極の雪国である。
 

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