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#18 松代ファミリースキー場

この冬が始まる前から僕にはひとつ心配事があった。
 
それは今年小学校1年生になった息子が通う小学校で親子スキー教室があることだった。なんでも親子でスキーのリフトに乗らなくてはならないらしい。
 
十日町市で暮らし始めて8年目。スキー場は近くにあっても遠い存在だった。ここ数年、冬場は松之山温泉スキー場の駐車場でコーヒー屋をやらせてもらっている。それでもスキー客のみなさんがSNSであげているような山頂からの絶景は、僕にとって果てしなく遠い景色に思えた。リフトに乗ればすぐそこなのにも関わらず。
 
バブル期に高校時代を過ごした僕はご多分にもれず、日本中が熱狂したスキー映画に感化され、冬休みや春休みに横浜駅や新宿駅から出発する夜行のスキーバスに揺られて、スキーを経験した。
 
その後、何度かスキーをしたものの自分の技術レベルを遥かに超えた斜面で派手に転倒して肩を脱臼した。以来、30年以上、スキーとは無縁だった。
 
一方で、この地で暮らすと決めてから、息子には折角の雪国暮らしを満喫するためにもスキーを楽しんでもらいたいな、という願望はあった。

さぁ、どうしよう。

親子スキー事前練習会で、同級生のお父さんと初めてリフトに乗って斜面を滑ってきた息子

そんな僕の不安を汲みとってか、同級生の保護者の方が親子スキー事前練習会を開いてくれたのが1月下旬のことだった。「よし!自分もこれを機会に!」と、気合が入った途端、僕はぎっくり腰となり、練習会も見学することになってしまった。
 
練習会当日、息子はまだリフトに乗ったこともなく少し不安がっていることを伝えると、「大丈夫。今日、リフトに乗れるようになりますよ」と、同級生のお父さんが笑顔で返してきた。「大丈夫かなぁ」と様子を眺めていると、息子はそのお父さんと一緒にリフトに乗りこんで視界から消えていった。それから、ほかの保護者のお父さん、お母さんと代わる代わるリフトに乗っては、今まで見せたこともないような自信に満ちた笑顔で斜面を滑り降りてきた。

今まで見せたことのないような自信に満ち溢れた笑顔。「スキー、大好き!」になった日

スキーがよほど楽しかったのか、練習会の日から息子の「ねえ、ぎっくり腰治った?治ったらスキー行こうよーーー」攻めが始まった。そして、2月9日の親子スキーを3日後に控えた6日、僕は30年以上ぶりにスキーをすることになったのだった。
 
実際、スキーをしてみると、僕の横には自信満々にリフトに乗りこむ息子がいた。「ちょっと臆病な息子とどうやってリフトに乗るか?」という僕の不安はいとも簡単に解消されていた。雪国のお父さん、お母さんって、どれだけ頼もしいのだろうか?と僕は感激してしまった。
 
加えて、「自転車と同じで一度乗れたら、スキーも忘れませんよ」という近所の方の言葉通り、僕もなんとか滑ることができた。いや、息子同様、スキーが楽しくてたまらなくなっている父がいた。

松代ファミリースキー場の宮澤秀志管理人。息子の同級生の保護者仲間でもある

そんな親子スキーの舞台となった「松代ファミリースキー場」の管理人をしている宮澤秀志さんもまた、同級生のお父さんで保護者仲間だ。「これは、この機会にぜひ!」と宮澤さんのお仕事を拝見しながら、お話を聞かせていただいた。

宮澤さんと圧雪車。リフトが稼働する前にゲレンデを均す

平日のスキー場。宮澤さんは午前9時ごろから圧雪車に乗りこみ、リフトが動き出すまでの1時間ほどゲレンデを均してゆく。今年は少雪にくわえ、取材前日にはまだ2月にも関わらず気温17度を記録するなど、ゲレンデのコンディションを保つのに苦労が絶えないのだそうだ。圧雪車から伝わる微妙な振動に細心の注意を払いながらの作業となる。
 
地元松代で生まれ育った宮澤さんが息子たちと同じく小学校1年生だったころ、松代ファミリースキー場に初めてリフトが設置された。高校生のころはレンタルスキーのアルバイトも経験し、今から8年ほど前、同スキー場の管理人となった。8年前と言えば、僕が十日町市へ越してきたころだ。

急斜面を降りてゆく圧雪車
リフトで上がってきたスタッフと連携して作業をすすめる

「スキー場でいろんな人が出会って繋がってゆくことが1番ワクワクする」という宮澤さん。「スキー場に出入りしている人は、雪が好き、スキーやスノーボードが好きな方たち。みんな子どものときの気持ちのまま、社会での肩書きなしに出会えることが魅力なんです」。通常の社会生活では「初めまして」となるとどうしてもかしこまってしまうけれど、ここでは昔からの友だちのように一気に仲良くなれるのだという。
 
「会田さん(僕)もここではカメラマンではなく、もうスキーヤーですよ」と笑う。
 
人と人を繋ぐ場として、宮澤さんも積極的に動いている。今シーズンは地元で活動する女子サッカーチーム「FC越後妻有」のみなさんを招いて、雪で練習環境が制限される冬場に「ぜひスキーやスノーボードでトレーニングを」と誘いこんだ。「友達になってしまえば、こちらもサッカーの応援にも行きたくなりますしね!」。

友人と作ったスケートランプ。大人が楽しむ姿は子どもの手本にもなる?

また、友人の大工さんと協力して昨年、施設内にスケートランプも作ってしまった。こちらは単管パイプを使わない日本初の形状なのだそうだ。SNSで発信されている海外の写真を参考にしながら試行錯誤を重ねたのだという。気がつけば、利用者名簿には国内の名だたるプロスノーボーダーやスケーターの名が並び、出会いも広がってゆく。
 
宮澤さん自身も一線で活躍するスノーボーダーで、群馬県の尾瀬戸倉スキー場で開催される全日本スノーボード技術選手権大会(2月29日〜3月3日)を控える身でもある。仕事の合間に寸暇を惜しんで自らの滑りをチェックする。一度練習モードに入ると、先ほどまでの柔和な表情は消え、もの凄いスピードで僕のカメラの前を過ぎ去ってゆく。その背中がまた格好いい。

全国大会を控え練習に励む宮澤さん
疾風のように去ってゆく


練習を終えた宮澤さんに再び、話を聞く。
 
「ここの常連さんは『ここ、俺のスキー場』って思っている方ばかりなんですよ」。
 
ここをホームだと思えるような居場所が松代ファミリースキー場にはある。居場所ってなんだろう?。息子が僕なしでもリフトに乗れるようになった日、僕は安心して見守ることができた。少し怖がりな息子もその日、安心してリフトに乗れたに違いない。そんなスキー場のスタッフや常連さん、地域の方々がつくる安心感こそ、ここが居心地のよい居場所になっている理由なのだろう、と思う。そして、そこには安心感だけではなく、格好いい背中をした大人たちがいる。息子もそんな背中に憧れ、追いかけてゆくのだろう。

明日学校だろうが、雨が降ろうが息子はナイターへ。いつの間にか、クラスの友だちと子ども同士でリフトに乗っている。リフトの上ではずっとゲームの話をしているのだそうだ。

息子はもう「ここ、俺のスキー場」って思っているに違いない。僕もそう思っている。だって、2月6日に30年ぶりにスキーをしてから21日間(26日現在)で15回もスキーをしに来ているのだから。

つい先日初めてリフトに乗った息子はもうナイターでクラスの友だちと一緒にリフトに乗ってスキーを楽しんでいる。僕は友だちのお父さんやお母さんとすぐ後ろのリフトにのって子どもたちの話をしては、「どこも一緒ですね」と安堵している。
 
車を運転しながら、ただ眺めていただけの過去7年間はなんだったのだろう。とにかく僕らは移住8年目にして新しい居場所を手に入れた。スキー場は単なる施設ではなく、温もりのある「俺たちのスキー場」だったのだ。

僕と息子、俺たちのスキー場。ナイター前にも圧雪車が入る

『究極の雪国とおかまち ―真説!豪雪地ものがたりー』 世界有数の豪雪地として知られる十日町市。ここには豪雪に育まれた「着もの・食べもの・建もの・まつり・美」のものがたりが揃っている。人々は雪と闘いながらもその恵みを活かして暮らし、雪の中に楽しみさえも見出してこの地に住み継いできた。ここは真の豪雪地ものがたりを体感できる究極の雪国である。

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