喪失と再生、同性愛を通して"普遍的"な初恋を描く フランソワ・オゾン『Summer of 85』
この記事は個人的な映画備忘録で、ネタバレを含みます。以下は、記事を読みながら聴いてほしい楽曲をまとめたプレイリストです。
舞台は1985年夏のフランス。16歳のアレックスはセーリングを楽しもうとヨットで沖へと向かう。そこで突然の嵐に見舞われ、ヨットは転覆。運良く近くを航行していた18歳のダヴィドに救出され難を逃れる。進路に悩むアレックスは、自然体で飄々と生きるダヴィドに惹かれ、二人の仲は次第に友情を超え恋愛に。ダヴィドの提案で二人は「どちらかが先に死んだら、残された方はその墓の上で踊る」という奇妙な誓いを立てた。しかし、二人の気持ちは次第にすれ違い、ダヴィドの不慮の事故による死別という悲劇的な終焉を迎えてしまう。やがて絶望に暮れるアレックスを突き動かすことになったのはダヴィドと交わしたあの約束だった…。
抑えきれない感情、喪失・再生 普遍的な青春ドラマとしての同性愛
原作はイギリスのヤングアダルト作家エイダン・チェンバーズが1982年に発表した小説『おれの墓の上で踊れ(Dance on my Grave)』。16歳の少年ハル(映画でのアレックス)が死んだ友人バリー(映画でのダヴィド)の墓を損壊した罪で逮捕され、なぜそんな行為に及んだのか、なぜバリーは死んだのかハルが手記に記していくという複雑な構造をとる文学作品となっている。映画は原作の構造や描写をできる限り忠実に描いており、それゆえ難解に感じられた。この構成の秀逸さは作品の各所で感じられた。まず、冒頭のアレックスのセリフを通し、ダヴィドの死を宣明し、彼はなぜ死んだのかというサスペンスの印象を持たせている。これを通し、観客はある種謎を解くような気持ちで作品に引き込まれる。破局の暗示は後述のディスコシーンにも現れている。また、ワーキング・ホリデイのためイギリスからやってきたケイトの登場ものちのアレックスとダヴィドの破局を予期させるギミックとなっていたように感じる。
監督を務めた巨匠フランソワ・オゾンは、10代の頃にも同作の映画化を構想したことがあるという。しかし、脚本は今作とは大きく異なり恋愛の要素を多く反映したものだったそうだ。オゾン自身もこう語っているように、本作は恋愛に重きを置いていない。すなわち当然アレックスとダヴィドの同性愛自体にも決して重きは置かれない。同性間の深い愛情を描きながら、ゲイやセクシュアリティを主軸として描いていないという点ではルカ・グァダニーノ監督の『君の名前で僕を呼んで』(2017)とも通ずる。これらの作品には、主人公自身の同性愛に対する葛藤はおろか、社会からの風当たりがほとんど存在しない。特に『君の名前で僕を呼んで』においては原作の1987年設定を意図的に1983年に変更している。これは80年代後半にHIV/エイズが社会問題として顕在化し、ゲイや同性愛に対する社会の眼差しをより一層厳しいものにしたためである。『Summer of 85』で描かれる恋愛は、仮に主人公の二人が男性と女性であったとしても成り立つ。同性愛を特別なものとして描くのではなく、ジェンダーに重きを置かない普遍的な恋愛の物語として映している自然さが印象的だった。また、前述の通り恋愛という要素はあくまで主題ではない。自由奔放でどこか生き急ぐようなダヴィドと恋に落ち、アレックスは初めて自分でもコントロールしきれない感情に支配される。アレックスの初恋はその制御できない感情を引き出し、その混乱から再生、成長していくアレックスを描くための一つの要素として描かれている。10代の自分でもわからない感情への動揺や焦燥、パッションに突き動かされる行動は、まさに世代や時代、また性別に囚われない非常に普遍的な世界共通のラブストーリーの様相を呈していた。
観客を85年へと誘う表現技巧
今作は全編スーパー16ミリを用いて撮影された。フィルムカメラ特有の質感は美しい海辺の街の色彩を際立たせ、懐かしさを感じさせる。また、二人が交わる印象的なシーンもざらざらとしたフィルムのテクスチャが官能的だ。同時に1985年当時の映画の空気感へと観客を引き込む。観客の意識を85年へと誘う仕掛けは衣装にもある。ジーンズジャケットに、パンタロンもジーンズで、首にはバンダナ。こうしたディテールはリアリズムというより、時代を想起させる象徴的なスタイリングが意識されている。舞台はフランスであるが、同年代のコッポラ『アウトサイダー』といったアメリカ映画が参考にされているという。音楽も重要な要素の一つである。特にオゾンは自身がこの時代聴いていたザ・キュアーの「In Between Days」を使用するための本作の原案の84年を「In Between Days」の発売年である85年に変更しており、音楽への思い入れは強いことがわかる。また、ディスコシーンはこの映画の中でも最重要に位置づけられるだろう。ディスコでのダンスシーンで、フロアが「Stars de la pub」で踊る中、ダヴィドはアレックスにウォークマンをつけさせ、ロッド・スチュワートの「Sailing」を流す。この瞬間二人は別々の、それも全く曲調の違う曲をそれぞれ聴く。これは、二人のすれ違いやその後の破局を暗示的に表現していると言える。このシーンは1980年にヒットしたクロード・ピノトー監督の仏映画『ラ・ブーム』へのオマージュと考えられる。
Summer of 85
仏語原題:Été 85
上映時間:101分
監督・脚本:フランソワ・オゾン
出演:フェリックス・ルフェーヴル(アレックス)
バンジャマン・ヴォワザン(ダヴィド)
製作:2020年(フランス)
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