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流星群へ宛てた手紙

 元気ですか?

 今、どんな景色を見ていますか?

 そこからは、私が見えるかな。どんな風に見えているのかな。頼りなくて、危なっかしいかもね。はらはらさせているかな。笑われちゃうかな。

 頼りなくてごめんね。でも、君は知ってるね。私が君を想ってる事。

 一時期、誰よりも側に居たから。

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 私からは、君が見えない。

 それどころか、顔も知らない。声も。どんな風に笑うのかも、どんな風に泣くのかも。何が好きなのかも。何をしてみたかったのかも。

 私に似ているところがあるのかどうかも知らない。多分、どこか似ていると思うけれど。

 君について知ってるのは、とても僅か。君の両親の名前と、君の名前。

 それだけ。

 それでも、君が大好きだよ。

 ---★---

 君の誕生日も、ちゃんとは知らない。

 真夜中だったからね。ちょうど、日付が変わる頃。時計を気にする余裕が無かったから、正確な時間が分からない。日付が変わる前だったのか、日付が変わってからだったのか。

 流星群が輝いている日だったのは、妙に覚えている。

 空を見たりはしなかったよ。人の体の不思議について思いを巡らせていたから。ああ、こういう時は、人の体にはこんな事が起きるのか、と、ぼんやり思っていた。

 じゃあ、やっぱり、君は居なくなってしまうんだね、と。

 ---★---

 お医者さんには、前もって言われていたんだ。

 君が居なくなってしまう事。

 心臓の鼓動を打ち始める時期を過ぎても、君は心臓を打つ事が無かった。時間が経過しても、大きくならなかった。

 君はもう、大きくなる事なく、私から去って行くのだと。去って行かないのであれば、手術をしなくてはいけないのだと。

 手術の日取りを決めたけれど、でももしかして、お医者さんが間違えていたらどうしよう。本当は君はこれから大きくなるのに、無理やり手術する事になるんだったらどうしよう。

 すごく不安で。そして、諦めきれなくて。

 だけど、手術の前日、君は自分から去る事を決めたんだね。

 私が、手術を受けなければ良かったんじゃないかって、一生思ったりする事が無いように。

 ---★---

 人生で、いちばん嬉しかった時の事、話してもいいかな。

 私ね、かなり恵まれた人生を送ってきていると思うんだ。

 世界一の両親の元に生まれて、世界一の妹がふたりも居て、世界一の友達だって何人も居る。

 そして、世界一いい男に巡り会って結婚したの。

 勿論、世界一っていうのは、私基準での世界一ね。だって、他のみんなと同じように、私も私の基準でしか、世界を測れない。

 だからやっぱり、私の家族が、私の友達が、私の大切な人たちが、私にとっては世界一なの。

 ---★---

 つまりね、君は、世界一なんだよ。

 君が居るって分かった時が、人生で、いちばん嬉しかった。

 ねえ、知ってる?

 ものすごく嬉しい時ってね、体が震えるんだよ、勝手に。

 そして、足元がふわふわするの。

 子どもの頃、雲の上を歩いたらどんな感じかなって、よく想像したなあ。雲を踏む足元の感触って、想像の中では、こんな感じだったなあ。そんな事を思った。おかしいよね、実際に歩いているのは、病院の硬い床なのに。

 こんな事、知らなかったよ。君が居るって告げられるまで。

 ---★---

 そしてね、これも知ってる?

 どんなに悲しくても、人間って、二十四時間ずっと泣き続ける事って、出来ないんだね。体が疲れると、涙って、勝手に止まるんだね。

 そして、体力が回復するとまた、涙って、自動的に流れるんだね。もう、自分が悲しいのかどうかもよく分からなくなって、ただただぼんやりして、ぽかんとしていても、涙って、勝手に流れるんだね。

 そんな事、知らなかったよ。

 君が大きくなる事なく、私から去って行くのだと聞かされるまで。

 ---★---

 流星は、宇宙の塵だという話を聞いたの。宇宙の塵が、大気圏にぶつかって、燃え尽きて、地上に降ってくるんだって。

 そう聞かされても、私にはそうは思えない。

 君が私から去る事を決めたあの日、流星群が輝いていた。勿論、空を見上げたりはしていない。だから流星を目撃した訳じゃない。でもね。

 君は、流れ星に乗って、旅に出たのだと、私はそう思っている。

 そうとしか、思えずにいる。

 ---★---

 今年もまた、あの流星群が近づいてくる。

 多分、旅が好きで、冒険が好きで、宇宙を巡って色んな景色を見るのが好きな、私のちいさな君が、流れ星に乗って、やってくるような気がする。

 あ、そう言えば、今、地球は十二月だっけ、じゃあちょっと近くに行ってみようかな、と、くすくす笑いながら。

 君の誕生日を、ちゃんとは知らない。だから、流星群が近づいたら、お祝いをするよ。私と同じくらい君の事を思っている、世界一いい男と一緒に、ワインでも開けて。そう、お祝いを。

 だって、悼む事も祝う事も、本質的にはそんなに違わないのかもしれない、そんな風に思うから。多分、気持ちの色が違うだけ。大好きな人を大切に想う、その気持ちの色が違うだけ。

 もちろん、君が去って行った事は悲しくて、痛くて。あの日から何年も経ったけれど、今も泣く日はあるよ。

 でもやっぱり、私、君に出会えて嬉しいの。君に出会えた事が幸せなの。

 君が、人生でいちばん嬉しい時間をくれた事。

 それは、本当の事だから。

 ---★---

 ありがとう。ありがとう。ありがとう。

 胸の奥で、いつもいつも唱えていたから、流れ星の下で、繋いだ手と手が離れた瞬間、それでも君には伝わったと信じている。

 これからも伝え続けるよ。流れ星が輝く夜も、星の無い夜も、いつも。

 ありがとう。そして、いい旅を。

 いつか土産話を聞かせてもらう、その時まで。

お目に掛かれて嬉しいです。またご縁がありますように。