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コーヒー。



「いらっしゃいませ」



チリリンとなる入店のベルの音と共に、店長らしき人が挨拶をする。


お腹がすいた。

そんな普通の理由で、周りを探索していたところ「喫茶 夢」 と書かれた看板を発見し、地下への階段を降りていった。


それがこの店だ。


先ほどから気になっていたが、この店は何かがおかしい。


そう。



何かが。


とやかく考えながらも、目的は腹を満たすこと。

冷静に考え、注文をする。


「コーヒーを一つ。あ、あとサンドイッチもください。」

「はい、承知しました。」


ほら、やはり変わったことなんてない。

おかしくもない。


普通の店だ。



安堵の意に浸かっていた僕に、早くも注文した品が届く。



「コーヒーとサンドイッチですね。ではごゆっくり。」


そう言って店長らしき人物は去ろうとする。


おかしい。



おかしい。



絶対におかしい。



コーヒーとサンドイッチ?そんなものは一つも来ていないじゃないか。




机の上には皿とコップしか乗っていない。


おかしい。




そうか…!あの違和感はこれだったのか。

喫茶店というのに周りの客の皿には一つも料理が乗っていないじゃないか。


まさか、料理を提供せずに金をもぎ取ろうとするぼったくり店か、?

い、一応店長らしき人に聞いてみるか…。



「あ、あの、すいません。」


「はい。」


僕が呼ぶと、険しい顔でこちらに向かってくる。


ヤバイ。

ヤバイ。

ヤバイ。

やっぱりぼったくり店だったか、ちきしょう…。



「どうされましたか、お客様。」


「あ、あの〜コーヒーとサンドイッチがないんですけど、?」


「お客様、当店への来店は初めてでございますか?」



「は、はい。そうですけど。」


「これはこれは、大変申し訳ございません。うちの店のルールをまだお伝えしていませんでしたね。」




おっと?




これは、?


どうなんだ?


一応ぼったくり店ではなさそうだが?


ルール…?


先に皿だけ到着して、後で料理が来るとか?

ね?


ど、どうせそんな感じでしょ、?


「当店の料理はですね、気持ち。で味わうんです。日頃の感謝を込めて、気持ちに浸かり、エア飲食なんですよ。」



おいおいおいおいおい。




おいおいおいおいい。



とんでもねえこと言い出しやがったぞこのおっさん。


「エ、エア飲食?エ、エア…え?」


「はい、エア飲食でございます。どうぞ一度やってみては?」



「は、ははあ…い、いただきます。」


ズズズズズ。



エアでコーヒーをすする。




こんなことは人生で初めてだよ。おっさん。


「もっと気持ちを、感謝を込めて、召し上がってください?」



「は、はい。」


ズズズズズ


「ハッ…!あ、味がある、!美味しい!」


「そうでしょう。人は皆、感じているものに敏感ですが、普段から意識しないと気づけないことに、こういうことをすることで初めて気づくものなんですよ。」



す、凄い。ほんとに味がある。




さっきまで馬鹿にしてすまなかったな、おっさん。




ああ…何という充実した時間。


ズズズズズ




微かに流れるジャズの音楽。


くう〜、おっさんいいセンスしてるぜ!



「あ、あの〜注文いいですか?」


おっとお隣さんが注文するらしい。



「普通のコーヒーを一つ。」



「かしこまりました。普通のコーヒーですね。」


ん?




普通?




普通って言った今?



ふ、普通?


「お待たせしました。」


あ、あれ?

普通にコーヒー入ってるじゃん、?



「す、すいませんお姉さん、ここって普通のコーヒーも頼めるんですか?」


「たのめますけど?」




いや、あるんかい、普通のコーヒー。





「喫茶 夢」か。





覚えておこう。フッ。


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