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#短編
きみはギフト(Du hast ein Gift.)
デスクに戻り、小ぶりのポーチを足元のカバンに仕舞い、顔を上げるとパソコンの端がぴかぴかと光っていた。椅子に座り直してクリックして、出てきた内容に私は思わず机に頬杖をつく。できるだけ何も思わないようにして、そのままかちかちとクリックを続けた。斜め前からざーっと音がしはじめる。私の机は紙が積み上がりすぎていて、少し顔を上げただけではプリンタの様子がわからない。ざーっという音が一定の長さで何度か区切ら
もっとみるLong Island iced tea
部屋の中に自分以外の気配を感じるようになってくると、夏が来たなと思う。
その気配というのは無論、虫のことなのだけれど、出掛けるときはもちろん窓を閉めているし、帰って来て窓を開けても必ず網戸にしているし、一体彼らはどこからこの家に入って来ているのだろうと不思議に思う。それはきっと、僕がこうしてベッドに仰向けに横たわったまま静かに天井を無感情に眺めているうちは、誰からも何からも答えの与えられない謎
good bye on the rail
中学1年生のとき、クラスでひとりハブにされた女の子がいた。同じ部だった。ハブというのも多分私の部内から始まったんだろうと思う。彼女に対する不満は漏れ出したガスのように空中を漂って、だんだん息苦しくなって、個人単位でごまかしようにも無視できない濃度になっていくのを私はなんとなく感じながら、だけど私自身はどうやらそんなガスへの耐性は人一倍強かったようで、私だけはそんな彼女と普通に話したりしていた。ガ
もっとみるスロウ ライク ハニー
私はお腹が大きかった時期の早苗ちゃんに何度か会ったことがある。
早苗ちゃんは確かに精神病院に入ってはいたけれど、陸を身ごもって、退院してからは、私が覚えている限りの以前と全く何も変わらないくらい、いやそれ以上に元気で、綺麗になった。会うたびに私がびっくりするくらいに。
あの頃の早苗ちゃんは、本当に幸せそうに見えた。
最後に私が彼女とちゃんと話す時間を持てたのは、陸が生まれるほんの1ヶ月ほど