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創作

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#短編

海の上に蝶が飛ぶ (20191127)

海の上に蝶が飛ぶ (20191127)

 わたしの町には蝶六という踊りがある。
 用意するのは日の丸が描かれたふたつの扇子と両手、そして身体。この扇子をどうするかというと、ぱっと広げて仲骨のまんなかにそれぞれ両手の中指を通す、指環みたいに。すると指先は扇子に変身する。この、変身した両手で踊るのが、蝶六というわたしの町にふるくふるくずうっと伝わる舞踊である。手首を上げ、手を一度外から内へくるんと一回転。そうして手と一緒にはためく扇子がまる

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COLOR'S END (Autumn)

COLOR'S END (Autumn)

 夏は青色ばかりを使う。太陽の出力を最大まで上げて、来る日も来る日も青色の絵の具を両手いっぱいに抱えて高い脚立に上っていく。なんでそんなに太陽のボリューム上げるの暑いんだけど、と以前脚立のてっぺんに向かって呼びかけたら、光に当てた方が色が透明になるんだとわけのわからない返事が上から降ってきた。僕は、透明になっていくらしい青色にどうとか思うよりも先に、ただ立っているだけで眩しくて目を細めてばかりいる

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凍(Winter)

凍(Winter)

 図書館の中で雪が降っている。それは病に侵された本たちが端のほうから輪郭を失ってぱらぱらと瓦解していくその音である。さらさら、ぱらぱら、しんしん。それは本当に雪のように降ってくる。凍えた本棚からは今日も何万という欠片の雪が、紙片が落ちる。
 冬凍病だと人は言った。とうとう。それは人でも物でも本でも関係なく罹患する。それは冬枯れの進行に似ている。だんだんと手足から水分が失われていって枯れていく。文字

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きみはギフト(Du hast ein Gift.)

きみはギフト(Du hast ein Gift.)

 デスクに戻り、小ぶりのポーチを足元のカバンに仕舞い、顔を上げるとパソコンの端がぴかぴかと光っていた。椅子に座り直してクリックして、出てきた内容に私は思わず机に頬杖をつく。できるだけ何も思わないようにして、そのままかちかちとクリックを続けた。斜め前からざーっと音がしはじめる。私の机は紙が積み上がりすぎていて、少し顔を上げただけではプリンタの様子がわからない。ざーっという音が一定の長さで何度か区切ら

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メトロノームの靴

メトロノームの靴

 メトロノームでできた靴が壊れる夢を見た。歩くたびに音が鳴る。かち、かち、と何かが嵌まるような音がする。足首のあたりで振り子が揺れる。どんな構造をしていて、僕はいったいあの機械のどの部分に足を突っ込んでいたのかもわからない。だけど、それは確かにメトロノームだった。高校の音楽室、グランドピアノの上に何故かいつも置かれていたあの乳白色を思い出す。すでに年月という歪みが構造のあらゆる隙間に入り込んでしま

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エム(M ist)

エム(M ist)

 鳥の聴覚世界はいつも自分以外の囀りに溢れている。視覚世界はゲージの中と外で断絶されている。味覚世界はここ一年なんの変化もないと鳥は思う。鳥は毎日ケージへと投げ入れられる見慣れ銜え慣れた茎を足の先でなんとなく弄ってみる。隅にはひたひたと艶めくインクの瓶。濃いブルー。鳥が間違って飲み込んでも死んでしまわないように、ブルーベリーの味と成分でできたこのインク。
 鳥は足下から顔を上げた。囀りの洪水の中に

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Long Island iced tea

 部屋の中に自分以外の気配を感じるようになってくると、夏が来たなと思う。
 その気配というのは無論、虫のことなのだけれど、出掛けるときはもちろん窓を閉めているし、帰って来て窓を開けても必ず網戸にしているし、一体彼らはどこからこの家に入って来ているのだろうと不思議に思う。それはきっと、僕がこうしてベッドに仰向けに横たわったまま静かに天井を無感情に眺めているうちは、誰からも何からも答えの与えられない謎

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good bye on the rail

good bye on the rail

 中学1年生のとき、クラスでひとりハブにされた女の子がいた。同じ部だった。ハブというのも多分私の部内から始まったんだろうと思う。彼女に対する不満は漏れ出したガスのように空中を漂って、だんだん息苦しくなって、個人単位でごまかしようにも無視できない濃度になっていくのを私はなんとなく感じながら、だけど私自身はどうやらそんなガスへの耐性は人一倍強かったようで、私だけはそんな彼女と普通に話したりしていた。ガ

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スロウ ライク ハニー

スロウ ライク ハニー

 私はお腹が大きかった時期の早苗ちゃんに何度か会ったことがある。
 早苗ちゃんは確かに精神病院に入ってはいたけれど、陸を身ごもって、退院してからは、私が覚えている限りの以前と全く何も変わらないくらい、いやそれ以上に元気で、綺麗になった。会うたびに私がびっくりするくらいに。
 あの頃の早苗ちゃんは、本当に幸せそうに見えた。
 最後に私が彼女とちゃんと話す時間を持てたのは、陸が生まれるほんの1ヶ月ほど

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