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創作

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記事一覧

主題歌がないと私は小説が書けない

主題歌がないと私は小説が書けない

おそらくやたら支離滅裂な日記とちょっとしたエッセイを書く人と思われていると思うのだが、私はどちらかというと「小説を書く人」の方に近い。ただ、小説は書き始めから最後の句点を打つまでが長い作業になるので、noteでは寝る前に気が向いたらあまり時間もかけずに書ける日記か、時間をかけても1、2日で書き上がるようなエッセイを書くことにしている。ここに小説をあまり掲載しないのは、個人的には読みにくくてあまり向

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彼女はスピカ 【短編】

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4月12日  広美

 枕元で黒電話のアラームを大音量で鳴らすスマホを手探りで掴み、まだ上手く開かない目で画面を点けて「止める」の文字をタップする。また眠りに戻ろうとする頭を無理やり持ち上げて私は起き上がる。半開きにしたカーテンからはもう春の朝の光が差し込んでいて、部屋の空気

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春、月光の隙間を煌めいて生涯忘れ得ぬ夜

春、月光の隙間を煌めいて生涯忘れ得ぬ夜

神戸の冬はコンバースで歩ける。
冬とはすなわち曇天であり、雨であり、雪であった。そんな冬しか知らなかった私にとって、神戸に移り住んで初めての新しい冬には驚きを通り越してえも言われぬ喜びがあった。
こんなにぴんと張り詰めた空気、雲ひとつない青空、春夏秋と何も変わらない足元、水浸しがどうして起こり得るだろう! 故郷のコンバースは冬になると封印された、だけど神戸は、冬になってもコンバースを許してくれる!

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冬、指先から染み込んで穴を開ける朝

冬、指先から染み込んで穴を開ける朝

故郷の冬に手袋は要らない。
純白に一滴の黒を落としたような濁った雲がスノウ・ドームのように世界を半球体にする。すべてはこの雲の下でやりとりされて、水も空気も循環し閉じ込められたままどこにも行けない。
自分は雨か、雪か、地上に落ちるまでアイデンティティを決められなかったみぞれや、大掃除をすると家具と家具の間から出てくる巨大な埃みたいな牡丹雪、けたたましく地面を鳴らすあられ、そして、雨。スノウ・ドーム

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海の上に蝶が飛ぶ (20191127)

海の上に蝶が飛ぶ (20191127)

 わたしの町には蝶六という踊りがある。
 用意するのは日の丸が描かれたふたつの扇子と両手、そして身体。この扇子をどうするかというと、ぱっと広げて仲骨のまんなかにそれぞれ両手の中指を通す、指環みたいに。すると指先は扇子に変身する。この、変身した両手で踊るのが、蝶六というわたしの町にふるくふるくずうっと伝わる舞踊である。手首を上げ、手を一度外から内へくるんと一回転。そうして手と一緒にはためく扇子がまる

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死んでやるほど優しくねえよ

倫子は心身ともになんとか病と名前がつくような大きな病気は持たないが、時折何もかもが立ち行かなくなり美味い肉も美味いワインも等しくこの世のものとは思えないほど不味く感じられ終いには何もかもをトイレで吐き戻しもうだめだぜんぶだめだ死にたい今すぐ死にたいと自分しかいない部屋の真ん中でもんどりうって喚き散らかさないことには眠れない悪癖がある。倫子は一般的な人間であることには間違いないがただ生きているだけな

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"EMMA"(the day before)

 わたしの住むアパートのすぐ隣には小さな公園があり、幼稚園も近いことから休日になると子供たちがお母さんを引っ張って来て、元気に走り回っている。走り回れるほどの公園じゃないだろうと、わたしはいつかこの公園から子供が道路に飛び出して車に轢かれてしまうんじゃないかと、ベランダに洗濯ものを干しに行くたび、昼に家を出て公園を横目に見つつ通り過ぎるたび思うのであるが、それはおそらくわたしが大人の体を持っている

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COLOR'S END (Autumn)

COLOR'S END (Autumn)

 夏は青色ばかりを使う。太陽の出力を最大まで上げて、来る日も来る日も青色の絵の具を両手いっぱいに抱えて高い脚立に上っていく。なんでそんなに太陽のボリューム上げるの暑いんだけど、と以前脚立のてっぺんに向かって呼びかけたら、光に当てた方が色が透明になるんだとわけのわからない返事が上から降ってきた。僕は、透明になっていくらしい青色にどうとか思うよりも先に、ただ立っているだけで眩しくて目を細めてばかりいる

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凍(Winter)

凍(Winter)

 図書館の中で雪が降っている。それは病に侵された本たちが端のほうから輪郭を失ってぱらぱらと瓦解していくその音である。さらさら、ぱらぱら、しんしん。それは本当に雪のように降ってくる。凍えた本棚からは今日も何万という欠片の雪が、紙片が落ちる。
 冬凍病だと人は言った。とうとう。それは人でも物でも本でも関係なく罹患する。それは冬枯れの進行に似ている。だんだんと手足から水分が失われていって枯れていく。文字

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きみはギフト(Du hast ein Gift.)

きみはギフト(Du hast ein Gift.)

 デスクに戻り、小ぶりのポーチを足元のカバンに仕舞い、顔を上げるとパソコンの端がぴかぴかと光っていた。椅子に座り直してクリックして、出てきた内容に私は思わず机に頬杖をつく。できるだけ何も思わないようにして、そのままかちかちとクリックを続けた。斜め前からざーっと音がしはじめる。私の机は紙が積み上がりすぎていて、少し顔を上げただけではプリンタの様子がわからない。ざーっという音が一定の長さで何度か区切ら

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メトロノームの靴

メトロノームの靴

 メトロノームでできた靴が壊れる夢を見た。歩くたびに音が鳴る。かち、かち、と何かが嵌まるような音がする。足首のあたりで振り子が揺れる。どんな構造をしていて、僕はいったいあの機械のどの部分に足を突っ込んでいたのかもわからない。だけど、それは確かにメトロノームだった。高校の音楽室、グランドピアノの上に何故かいつも置かれていたあの乳白色を思い出す。すでに年月という歪みが構造のあらゆる隙間に入り込んでしま

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エム(M ist)

エム(M ist)

 鳥の聴覚世界はいつも自分以外の囀りに溢れている。視覚世界はゲージの中と外で断絶されている。味覚世界はここ一年なんの変化もないと鳥は思う。鳥は毎日ケージへと投げ入れられる見慣れ銜え慣れた茎を足の先でなんとなく弄ってみる。隅にはひたひたと艶めくインクの瓶。濃いブルー。鳥が間違って飲み込んでも死んでしまわないように、ブルーベリーの味と成分でできたこのインク。
 鳥は足下から顔を上げた。囀りの洪水の中に

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