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正解のない世界で生きる

今年の東京の秋は気持ちがいい。9月の中秋の名月が美しかったですし、週末にいい天気が続いています。

そして、理由がはっきりしていないのが妙ですが、新型コロナウイルスの感染者数が着実に減っています。東京都内で9日(土)、新たに感染が確認されたのは82人とことしに入って最も少ない人数でした。去年のいまごろも感染者数が減ったことを考えると秋は「ホッとできる」季節なのでしょうか??

落ち着いた時間を得ると読書にはまってしまうインドア体質の私。緊急事態宣言が解除されワクチンも打ったのだから、ちょっとぐらい出かけてもいいような感じもしますが、羽目を外すことを忘れてしまったというか・・・。

いまどんどん読み進めているのが 『シェフたちのコロナ禍 道なき道をゆく三十四人の記録』(井川直子著、文藝春秋社)
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シェフたちのコロナ禍

何もこんな気持ちいい時期に初めて緊急事態宣言が出た時のことを振り返らなくてもと思ったのですが、読み始めると止まらなくなりました。

著者の井川直子さんは食と酒をテーマに取材を行い、エッセイを発表してきた方。「dancyu」といった雑誌や新聞で連載を持ち、著書も発表してきました。

井川さんは2020年の3月に東京オリンピックの延期が決まり、「不要不急の外出自粛」が都民に要請される一方、飲食店への休業要請がない(従って、補償もない)という時期に取材を行っていました。そこで店主たちから「何が正解か分からない」という声を聞くようになります。

補償がないままの自主休業か、お客が激減する中での営業か、それとも・・・・
井川さんはある店主が発した「ほかの人たちはどう考えているのかな」という言葉を受け、様々なシェフを取材し、ウェブサイトで発表しました。この本は東京が2020年4月・5月の緊急事態宣言下にあった約50日間と同年の10月に追加取材を行った際の記録をまとめたものです。

この本を読んで、「シェフ」という存在に圧倒されました。取材に応じているシェフ(中にはシェフを抱えている店主もいますが)は34人。みなさん、「正解がない」中で実によく考え、行動されている。興味深かったのは、相当なダメージを受けながらも視点が常に「開けている」ことです。

お客、雇っているスタッフ、取引先、店の周囲の環境・・・
それぞれの幸せとは何かを考え、丁寧に対話して決断を行っていく。行政の施策が目まぐるしく変わる中、対応のあり方は実に様々で、休業に踏み切る人/営業を続ける人、テイクアウトに踏み出す人/あえてしない人もいます。中には「料理人の社会的な存在意義」まで考え、医療機関に食事を届けるボランティアまで始めてしまった人もいます。

とんでもない状況の中、経験と「飲食店として何を大切にするか」、哲学と言えるものまで持ちながら進んでいる彼らの姿に「この国も捨てたもんじゃない!」と思います。いや、こうしたモラルの高い人たちが各分野で日本を支えているのでしょうね・・・。

この本を読んでいるとミュージシャンのことも想像してしまいます。一時はライブ演奏という場が閉じられ、その後も演奏時間や入場制限が続く状況でダメージを受けた方も多いでしょう。別の分野のアルバイトで凌いでいる人もいると聞いています。

そうした中で充実した活動を続けているミュージシャンには敬意を表したくなります。今回はそんな一人、竹村一哲さん(ds)の初リーダー作「村雨」を聴いてみましょう。

竹村さんは1989年、北海道・札幌市で生まれました。9歳からドラムのレッスンを受けロック・フュージョンを演奏していましたが、異色なのは中学卒業からプロ活動を開始し、札幌のジャズライブハウス「スローボート」で福居良さん(p)にみっちりと鍛えられたことでしょう。

かつて札幌に住んでいた私は「スローボート」で竹村さんの演奏を聴いたことがあります。演奏後、福居さんから厳しい言葉をかけられていた竹村さん。あの時、確か2006年だったと思うのでまだ10代後半だったんですね・・・。

その後、板橋文夫(p)さんとの共演などで順調にキャリアを重ねた竹村さんは2011年から巨匠・渡辺貞夫(as)グループのレギュラーメンバーに抜擢されてNYのブルーノート出演も果たしています。いま日本のジャズシーンで最も勢いのある一人と言ってもいいでしょう。

竹村さんは2019年7月にこのアルバムと同じメンバーで新宿ピットインに出演を果たし、その演奏がジャズ・レーベル「Days of Delight」の平野暁臣プロデューサーに衝撃を与えます。平野さんはすぐにレコーディングをオファーしますが、当時はまだ粗削りだとして竹村さんが「少し時間をください」と言ったそうです。
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https://mikiki.tokyo.jp/articles/-/28804

それから1年半。2021年2月9日と10日という、年初からの緊急事態宣言が延長されてから間もない時期でのレコーディングでした。ライブハウスが時間短縮で何とか営業している時でもありましたが、集まった若きミュージシャンの方々にはレコーディングができることへの熱い思いがあったのではないかと推測します。

竹村さんは同世代のメンバーに細かい指示はせず「ライブと同じようにやろうとした」そうです。実際、この作品はアグレッシブな姿勢に溢れていて守りに入っているところがない。自発性を重んじるジャズ作品が困難な時代に生まれたことを喜びたいです。

2021年2月9~10日、NK SOUND TOKYOでの録音。

竹村一哲(ds) 井上 銘(g) 魚返明未(p) 三嶋大輝(b)

①村雨
このカルテットの特徴が良く表れた曲。竹村さんのオリジナルです。スピード感のあるドラム・ソロという異色のオープニング。このソロで何かただならぬものを感じたところでほかのメンバーが加わります。ダークな側面があるメロディを奏でる井上銘さんのギターはエフェクトが利いていてロックの色合いが濃厚。普通のおとなしいジャズが始まるわけではないことが分かります。まずは井上さんのソロ。「切り込んでくる」と表現すればいいのでしょうか、最初の伸びやかなフレーズから鋭さがあり、その後は歪んだ音すらグルーブに取り込んでいく若者らしい攻撃的なソロを続けていきます。続いて魚返さんのピアノ・ソロ。いい意味で「没入系」と言える、曲の世界にどっぷりと浸ってから自分の世界を描きこんでくる姿勢が窺えます。最初は冷静さを感じるところもありますが、次第に鍵盤を力強く叩きバンド全体に刺激をもたらすところがこのトラックのクライマックスとなっています。そして、この流れ全体に竹村さんの鋭いサポートと三嶋さんのどっしりしたベースがあることは特筆すべきです。

②もず
こちらも竹村さんのオリジナル。アルバムの中では珍しく4ビートが全面に出ている曲で、潔さがあります。井上さんのギターがちょっと懐かしい感じがある80年代のフュージョン風なメロディを提示した後、そのままソロへ。ここでは最初、音をうねらせながら絶妙に間を空けてくる井上さんの演奏が面白い。単純なジャズでもロックでもない、遊びも感じられるフレーズからソロ終盤になって音をガンガン重ねてくる展開へ。そこにバンド全体が素早く呼応して盛り上がっていく様子がライブのようです。続いて三嶋さんのどっしりとしたベース・ソロ。ここで音楽が落ち着きを取り戻したところで魚返さんのピアノ・ソロへ。ストレートにスイングする魚返さんも素晴らしいですが、ここはリズム陣の冷静な「煽り」が聴きもの。三嶋さんがやや先ノリでリズムを刻む中、竹村さんが最適なタイミングでシンバルを繰り出して勢いをつけていく。伝統的な4ビートに新しい響きがあるところが心地よいです。

④Black Bats and Poles
これはバンドが燃えている1曲!トランぺッターのジャック・ウォラスの作曲で、チャールス・ミンガス(b)のバンドが取り上げている曲だそうです。緊張感のあるギターのテーマにリズム陣とピアノが重みをつけつつ一気に急速調のギター・ソロへ。この展開はカッコいい。ここでの井上さんは完全にロック・ギタリストのノリで次から次へと攻撃的なフレーズを繰り出してきますが、リズムが目まぐるしく変転するので(4ビートも登場!)、その対応力にも驚きます。続く魚返さんも止まらない!途中からフリー的な要素もある「妖しい」フレーズを交えつつ、最後はスピード感のあるソロで押し切るところは圧巻です。竹村さんの引き締まったドラム・ソロでもう一山が作られるところにこのバンドのエネルギーを感じます。どんな状況でも力を発することができるのが本当のプロなのですね。

今回ご紹介した著作のように、いまは「コロナ初動」を振り返ることができる記録がある程度まとまって出てきている時期でもあります。今後、「コロナ後」がどういう展開をたどるのか予断を許しませんが、いまは貴重な時間を与えられたと考えるべきなのでしょう。

この先自分は何をできるのか、すべきなのか。おそらく「正解」はなく、選択は各自で違う。少しでも準備をしなくては。

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