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パルプ神話群

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悪夢の館に忍び込んだ盗人、地底の王国に迷い込んだ労働者、僻地に赴く宣教師、騎士と出会った男……そこにあるのは現代社会の光によって姿を消した闇の住人たちとの邂逅。奇妙な世界に迷い込… もっと読む
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記事一覧

第1話「ドリーム・パレス」

第1話「ドリーム・パレス」

 私の人生は罪と罰に彩られていた。貧しい家に生まれ、泣くとうるさいからと父に殴られ、黙っていれば生意気だからと殴られる。母はそれを見ても振り向きさえしない。

 暗黒時代ともいえる奴隷の子供時代を抜けて、自由な大人になっても、私は人様に迷惑ばかりかけてきた。その”つけ”で年老いてからは孤独に暮らしている。

 しかし、そんな酒と暴力に満ちた灰色の私の人生において、一つだけ、ただ一つだけ奇妙な出来事

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第2話「天国はそこにある」

第2話「天国はそこにある」

 遠い西の果て。灰色の空に黒い海、白く泡立つ波が寄せる茶色の砂浜。そこには痩せ細った木々を柱にして建てられた漁村があった。

 毎日、まだ空が仄かに青黒い頃、たくましい漁師たちは船を出し、網を投げる。彼らはそうして鱒を絡めとると、昼過ぎには帰ってくるのだ。彼らは社会への不満を抱き、自らの地位向上を夢に見る労働者であったが、この物語の主人公は彼らではない。

 漁師たちが髪に塩粒をつけ、海の悪魔でも

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第3話「トロール問答」

第3話「トロール問答」

 澄んだ冷たい空気に、青く若々しい芝。そこに吹く風は思い切り深呼吸すると胸いっぱいに自然の持つ素晴らしい味わいを満たし、心の毒する穢れを洗い流して軽くしてくれる。

 そこの名は通称”大岩”村。野暮ったく、田舎臭い名前だ。本当は別に立派な名前があるのだが、その名前は発音しにくいため、この名で呼ばれていた。この村は以前、大岩の紋章を掲げた領主が治めていたことから、その名がつけられ、村のあちこちにその

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第4話「劔鬼の創生」

第4話「劔鬼の創生」

「つまらない。ああ、つまらない」

 自分も気が付けば、もう少年ではなく、青年、いや成年とされる齢になった。しかしながら、私の人生には山も谷もなく、ただただ明日の糊口を凌ぐために無駄に長い余命を使うだけだった。

 人間とは奇妙なもので、暇があればあるほど、思考の迷宮に陥り、心を毒するようになる。先人たちが死にもの狂いでもたらした豊かさは、格差と貧困、そして心の病をもたらす社会を生むに至った。

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第5話「夢物語」

第5話「夢物語」

 最近は嫌な夢ばかり見る。走れなかったり、履歴書を書き損じたりするような、生々しい悪夢だ。医者から薬をもらっているが一向に良くなる気配はない。その理由はわかっている。わかっているが、解決しようのない悪夢だ。

 私の名前は、池口守。今年で社会に出なければならない大学4年生だ。しかし、いや当然かもしれないが、社会に出たときの自分の姿も、その後の夢も思いつかない。子供のころの夢は小説家になることだった

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第6話「龍よ、眠れ」

第6話「龍よ、眠れ」

 14世紀、南北朝時代の日本。現在の神奈川県にあたる相模国の淵辺原に淵野辺城という城があり、そこは足利直義の家臣の地頭、淵辺伊賀守義博によって治められていた。彼の血統は武蔵国を中心に勢力を伸ばしていた武士団、武蔵七党の一つである横山党一門に属する野辺氏——もしくは矢部氏——の支流にあたる。

 横山党は武蔵国多摩郡横山に本拠地を構える同族武士団で、彼らはその反骨精神から野狂と称された小野篁を祖とす

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第7話「空っぽ人間」

第7話「空っぽ人間」

 痩せている皆さんは、太っている人間が最も嫌うものを知っているだろうか。それはデブという罵詈雑言でも、夏という”じめじめ”した季節でもない。それはぴっちりとした服だ。

 太っていることを受けいられていない――太っている人間のほとんどがそうだが――ものは、自分の体型が晒されることを何よりも嫌う。男だったら胸があることを嫌うし、ぴちっとした服では走るとそれが揺れるので、笑い者になる。

 まるでピエ

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第8話「今宵も虫は鳴く」

第8話「今宵も虫は鳴く」

 この世に兄と呼ばれる人間はたくさんいるが、菰田羊少年にとって、彼の兄ほど”最高の兄”はいない。彼の兄はどんなに忙しくとも、妻と子どもへの家族サービスを怠らない父親の鑑だったし、年の離れた弟である羊を我が子のように可愛がり、出張のたびにお土産を買ってきてくれる。その日も、アメリカ出張のお土産を抱えて実家に帰ってきた。

「何これ。見た感じだと、古くさいマッチ箱って感じだけど」

 それは、いつもの

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第9話「さまよえるイェータランド人」

第9話「さまよえるイェータランド人」

 イェータランド、そこはスカンディナヴィア半島の南。その名はゴート人の土地を意味している。荒々しい海に囲まれ、数多くの勇猛な戦士を生んだ国。今では10の領土に分けられ、そこには10の紋章が描かれし旗がはためく。

 死んだような静けさの楢、難攻不落のボフス要塞、谷間の牡牛、ゴスの牡羊、暗き島の鷲獅子、小さな土地の弩を携えた赤獅子、新たなる神を呼び込んだ黄と黒の獅子、太陽と風の島の牡鹿、竜の翼を持っ

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