外付 | 長野さくら

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マガジン

  • その日食べるさかな

    その日食べるさかなを釣る船と分かち合うだけの夜があればいい

  • 映画は何も教えてくれない

    映画っていつも答えは教えてくれなくて、 私の目の前に問いを落としてぱったりいなくなっちゃう。

  • おかみの覚書

  • ウズハウス交換留学日記

    毎日続けられるかわからんけれど、情が移ってしまう前にお客さん目線でウズハウスでの日々を綴ろうと思っています。

  • アイルランドで晴れを慈しむ

    学生時代にアイルランドで住んで働いて見て感じた、 場づくり・共生社会・働く目的・生きる手段のこととか

最近の記事

わしらの貝しごと(下)

店に戻ってすぐ、バゲットを買いに来た佐藤親子と夕暮れの空で立ち話をしてから、仕事にとりかかる。ヒナタメと岩牡蠣を分け、一緒にくっついてきたストレンジャーシングス達を水で軽く落として水から茹でる。砂や泥は完全には取り除けない。燻製や山菜のアク抜きなどに使ってきた、実験用のボロボロの鍋が活躍する。 道後温泉くらいの熱さになったらヒナタメはぷくぷくと泡をふく。口が1mm程度開いて包丁が通りそうになったら火からあげる。 あの道後温泉の熱さが平気な人は、熱々のヒナタメに包丁を入れて身を

    • わしらの貝しごと(中)

      赤灯台は思ったより遠かった。4馬力の伝馬船を走らせて20分ほど。 魚屋のじいちゃんを先頭に、ライフジャケットを被った私を真ん中ではさむように、一番後ろで別のじいちゃんが操舵する。 途中、鹿島の先端にある「一文字(いちもんじ)」と呼ばれる防波堤を指差して、ずいぶん前に亡くなった叔父の話になった。 ただ港を抜けた頃には、深い青を切り裂く水飛沫の音でじいちゃんの話は全く聞き取れなくなった。とりあえずうなづいて聞いているふりをしておく。 到着してすぐはまだ完全に潮が干いていないので

      • 6/7 わしらの貝しごと(上)

        「次の大潮見とけよ」ってじいちゃんに手渡されたのは、ケロリとした顔で鯛を引っ掴む愛媛のゆるキャラ、「みきゃん」が表紙の「潮見表」。 空が夏らしく色づいてくる今日みたいな日には、じいちゃんたちは潮と凪の流れに合わせて船を出し、貝を採りに行くのであった。 袋いっぱいに貝を詰めて帰ってくるじいちゃんらを見て、行きたい行きたいとせがんでいたらついに乗せてくれることになった。 松山市の次の大潮は6月9日、干潮時刻は16時ごろ。 潮見表は市単位しか表記されないから、この干潮時刻の20分

        • 6/1 バックストリートボーイズと、夏は夜

          閉店間際。静まりかえった夜の港に、にぎやかな声が近づいてきて突然店の前で止まった。窓の外を見ると、黒いフーディーをかぶった強盗集団みたいなのがこちらを指差して何か話している。そういえば今夜は公民館で漁協の集まりがあるそうで、今年の慰安旅行の行き先を酒を飲みながら決めるんだと近所のじいちゃんたちが息巻いていた。さては公民館ではめを外した酔っ払いが何人か冷やかしにでも来たのだろうか。それにしては、揃いに揃って怪しい黒づくめ、年齢層が明らかに若い。となると、見かけ通りの強盗か。にし

        わしらの貝しごと(下)

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        記事

          11/13 遍路道の干物めずらし 人もめずらし

          魚屋のじいちゃんが並べて干す分厚いモンゴイカが、港町に冬を知らせた。強風になびかれてしなやかにその体をくねらす。3日もしたらすっかり縮んで、想像するまでもなく噛み切るのが大変そうだ。漁船の上で仕掛け網を作る別のじいちゃんと大声で話をしながら、魚屋のじいちゃんは手を止めない。とれたてのイカがあれば、焼いて明日の朝食にしようかと店内に入ったら、艶やかな輝きが真っ先に目に入って気が変わった。ショーケースに堂々と横たわっているのは、立派な太刀魚。いつもはセンターで露出も一番多い鯛やハ

          11/13 遍路道の干物めずらし 人もめずらし

          10/27 己の原価率を割っていけ

          「わし、しばらく仕事や!これから忙しくなるでえ!コーヒー飲みにこれんわ!」 意気揚々とした村上さんが、店を出ていく姿に軽く頭を下げてから2週間。本当に、村上さんを最近見かけなくなった。元気にしているだろうか。 と思っていたら、漁港の端っこでピザ屋さんを作っていた。しかも、それを教えてくれたのは裏に住んでいるおばちゃん。 毎日コーヒー1杯で2時間はおしゃべりしていたが、ピザ屋を始めることは全く教えてくれなかった。たまたま軽トラで通りすがった村上さんを呼び止めて、「村上さん、ピザ

          10/27 己の原価率を割っていけ

          8/11 夏が足りない

          夏が足りない。圧倒的に。夕焼けが港町を覆うこの時間になるたびにいつも思う。 はまのじいちゃんたちにとってはすでに白昼かもしれないが、私にとっては8時はまだ早朝だと思いたい。チェックアウトするお客さんと店の前で話をしていると、アインシュタインみたいな髪型のじいちゃんが自転車を止めて近づいてきた。何やら話しかけてくるのだが、申し訳ないことに全く聞き取れない。このじいちゃんに始まったことじゃない。何度聞き返しても同じ日本語とは思えないほど早口で口籠もって喋るじいちゃんの話が聞き取

          8/11 夏が足りない

          10/8 それだけが郷土愛のしるし

          一縷の望みを託して、閉店の10分前に駆け込んだマルナカの地元野菜コーナーには「インゲン豆 190円」ってシールを貼られた割高のリーフレタスしか残っていなかった。結局決まらなかった、明日の献立の最後の一品。肩を落として店を後にすると、営業終了のメロディが漏れる駐車場に滑り込む、黒のアルファードとすれ違う。私より進退窮まった状態で駆け込もうとする猛者だろうか。街灯の下では、シフト終わりと思しき男の子が2人暗がりの中で何やらウケている。静かな夜だ。4日間にわたる風早秋祭りを過ぎたは

          10/8 それだけが郷土愛のしるし

          10/6 パブリック心霊スポット

          夏と同じテンションで水やりしていると、根腐りしはじめてきたのに気づいて、慌てて屋外のファーストクラスにシートを変えてご機嫌をとった店の観葉植物。ずっと夏模様でいる私の心を、そろそろ模様替えしろよ、と教えてくれていたかもしれない。名前が思い出せないその植物を、最近覚えたグーグルレンズにかざそうとしていたら、「おはようございます!!!」と後ろから元気のいい挨拶が。 真っ青の体操服を着た学生の集団が一斉に店の前を歩いている。大きなリュックサックには「SEIRYO」の文字。どうやら市

          10/6 パブリック心霊スポット

          9/24 菓子折を受け取らないまち

          突然吹き回しを変えてくる秋の風に、皆いそいそと羽毛布団を引っ張り出している頃。はまには祭りの鐘が聞こえてくる。秋祭りの最終日に披露される踊り「かいねり」の練習の音頭だ。大きな伝馬船を派手に揺らして進みながら、独特な鐘の音と「ホーランエー」の掛け声と共に、船上で踊り子たちがしなやかに舞う様子は県の無形文化財にも指定されている。はま地区の男子のみが参加できるというルールで、戦後から伝えられてきたこの風習は、平家の戦勝に寄与した瀬戸内の海賊、河野水軍の武勇を讃えた踊りが起源とされて

          9/24 菓子折を受け取らないまち

          9/18 日曜閉店前毎度渋滞絵巻

          市の広報誌の一面に、「ハルノウタのホットサンドが食べられる喫茶店」として掲載された日の朝。いや、時系列でいうと、その日の朝、店に着いた途端知らないばあちゃんがやってきて、手に持っていた誌面の切り抜きに自分の顔が載っていて知った。店の郵便受けに投函される分を確認するよりもずっと早かった。「パン屋さんなのね?」うちはパン屋じゃないんです。ごめんなさい。店の名前は、「ハルノウタ」じゃなくて、それはパンを提供してくれているパン屋さんの名前で。なんなら営業は午後からで、パンはまだ届いて

          9/18 日曜閉店前毎度渋滞絵巻

          9/1 熱帯夜に思い出す朝0℃の日曜

          この世の終わりかと思うほど寒くて暗くてまだ睡眠の足りない早朝。出勤前に15分でも時間があれば、一人豆乳をあたためる私がいる。急坂の途中にある6階建て、エレベーターはなし、回覧板が毎月すみやかに回ってくるタイプのこの団地の中で誰よりも朝早く豆乳にはちみつを加えてかき混ぜている自信がある。もうプラス5分余裕があれば、長野のさっちゃんから毎冬箱で届くりんごを一つかじる。レンジから取り出した途端冷め始めるマグカップを握りしめ、灯油が残りわずかとピーヒャラ騒ぐストーブのそばで、ラジオで

          9/1 熱帯夜に思い出す朝0℃の日曜

          8/31 夏休みは遊んでから宿題する子の行く末

          「さくらちゃーん!あーそぼー!」 玄関のピンポンの音すら弾んだように聞こえる近所の子の誘いを力無く断った、あの8月31日の夕焼けを覚えている。 確か、同じ漢字を40回ずつ書くという、悟りでも開くかのような修行じみた漢字の練習帳をはじめ、いろんな宿題を中途半端に残したまま夏休みの最終日を迎えていたのだった。小学校の宿題の量って絶妙で、毎日やればすぐ終わるのに、すぐ巻き返せると思って油断すると後悔する。宿題は遊んでからやるタイプか、先に宿題してから遊ぶタイプか、それを強いられる環

          8/31 夏休みは遊んでから宿題する子の行く末

          8/13 名前を知らない店に入る体験

          アウトドア日和の連休。鹿島へ向かう車の行列は店の前まで伸びていて、駐車場の案内待ちの渋滞に痺れをきらす車中の子どもたちは、こちらを訝しげに指差してくる。といっても、歩く速さでないと認識できない小さい看板ロゴと、乗れもしないカヤックを外に出しているだけの店に恐る恐る足を踏み入れてくる人は、1日に1組いたらいい方だ。膨らました浮き輪を肩にかけてリヤカーにキャンプ道具を入れて歩く人たちは、この店の佇まいが目に入ると、頭にクエスチョンマークを浮かべているのが見える。 「かき入れ時は夏

          8/13 名前を知らない店に入る体験

          8/15 資本主義と根の生えたバジル

          かれこれ1ヶ月くらい前のこと。まりえちゃんが泊まりにきてくれた時に、 「他でも散々聞かれてるかもしれないけど、さくらちゃんは今後この場所で根を張っていくつもりなの?」と聞かれた。 まりえちゃんはいつでも、「踏み込んだ話をしちゃうけど」とか「もう色んなとこでお話ししてるかもしれないけど」とか、一言前置きをして尋ねてくれる。「文字数制限とかないし、原稿用紙のマス目をはみ出しちゃっても良いからなんでも聞くよ!」とそばに寄ってくれるような気遣いがとてもまりえちゃんらしいと思うし、その

          8/15 資本主義と根の生えたバジル

          7/30 どうしようもなく愛しいはまの日々

          7月の最終土曜日。毎年恒例の花火大会は、あたたかな明かりと美味しいものに集まった人と、北条の夏の風物詩を一緒に味わえた。母が作った冷たいお好み焼きをかきこみながら屋上で花火を眺めていた去年、翌夏この場所がこんなことになるなんて誰が想像しただろうか。花火前日の朝は、菱沼さんに突撃で連絡してテーブルと椅子を借り、炎天下の中、足腰の悪い村上さんを屋上へ登らせて、照明の調子を見てもらった。そう、はまのみんなで見上げる花火は、関わったものをすべからく巻き込むスタイル。 花火前日の夕方、

          7/30 どうしようもなく愛しいはまの日々