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11/13 遍路道の干物めずらし 人もめずらし


魚屋のじいちゃんが並べて干す分厚いモンゴイカが、港町に冬を知らせた。強風になびかれてしなやかにその体をくねらす。3日もしたらすっかり縮んで、想像するまでもなく噛み切るのが大変そうだ。漁船の上で仕掛け網を作る別のじいちゃんと大声で話をしながら、魚屋のじいちゃんは手を止めない。とれたてのイカがあれば、焼いて明日の朝食にしようかと店内に入ったら、艶やかな輝きが真っ先に目に入って気が変わった。ショーケースに堂々と横たわっているのは、立派な太刀魚。いつもはセンターで露出も一番多い鯛やハマチが、太刀魚を前にしては、もう明らかにバックダンサーである。予想外の出会いだったが、ショーケースの中で圧倒的な輝きを放つ彼にどうしても心惹かれてしまって、気づいたら値段を聞いていた。これで1匹1000円ちょっとは安すぎる。昔は北条でもたくさん獲れたらしいが、今では大変貴重な太刀魚。今日のようにわずかだけどこの沖で釣れたのは本当に久しぶりなのだと、魚屋のおいちゃんは機嫌よく、もはや興奮気味に捌いていく。その光り輝く背に見惚れていると、刺身にひいてもらう分を頼むのを忘れていた。

塩焼きにした太刀魚を、翌朝宿泊のお客さんに出したら、「悪いことを言ったね」と唐突に謝られてキョトンとした。九州にいた時からのお客さんだった彼は、いつだったか何かの拍子に「瀬戸内は波が穏やかだから、波の荒い日本海や太平洋で獲れる魚よりも美味しくない」と言って、どうやら私が少し怒ったことがあったらしい。そういえば、そんなことを言われたような気がしなくもない。とうの本人は、あんまり覚えてない。
昨夜そのお客さんが訪れたはま周辺の居酒屋で、頼んだお刺身をハイボールと合わせていると、隣の席に並んだ漁師のおいちゃんに「この辺の海は一見穏やかそうだけど、潮の流れが複雑に交わってるから獲れる魚も身が引き締まってるんだ」と力説されたそうだ。そんで翌朝に口にした、とれたてのこの斎灘の太刀魚で、確信へと変わったらしい。
お客さんの中には松山や北条に何度も訪れたことがあって、四国のことだって私よりはるかに詳しい方がたくさんいる。けれど宿泊先としてここを目的地にしてもらうことで、何度北条を訪れても新しい魅力を見つけてもらえて、この場所が一瞬たりとも息つく暇なくしんどいくらい面白いって、腹の底から声出して伝えていけるし、耳元で囁くこともできる。
ディスられたことはとっくに忘れていたけど、瀬戸内の誤解が解けて、北条の無限のポテンシャルを知ってもらえて、宿をやっていて良かった。

11月になって、お散歩中の近所の人よりも市内の海水浴客よりも、海外からのお遍路さんやバックパッカーがずっと増えた。相変わらず濃度の高い意思疎通に酔ってすぐ疲れてしまうし、水深深くに潜ったり急浮上したりを繰り返して訳がわからない日々だけど、小さな港町に、旅の途中に、一人ひとりの心の中に、イカ釣りのライトよりも小さくていいからささやかな光を灯していたい。



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