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9/1 熱帯夜に思い出す朝0℃の日曜

この世の終わりかと思うほど寒くて暗くてまだ睡眠の足りない早朝。出勤前に15分でも時間があれば、一人豆乳をあたためる私がいる。急坂の途中にある6階建て、エレベーターはなし、回覧板が毎月すみやかに回ってくるタイプのこの団地の中で誰よりも朝早く豆乳にはちみつを加えてかき混ぜている自信がある。もうプラス5分余裕があれば、長野のさっちゃんから毎冬箱で届くりんごを一つかじる。レンジから取り出した途端冷め始めるマグカップを握りしめ、灯油が残りわずかとピーヒャラ騒ぐストーブのそばで、ラジオでは豪雪地帯の積雪の注意をうながしていた。私がかじっているこのりんごも、今頃はきっと雪深い信州からやってきたのだろうか。布団を出てから玄関ドアを開けるまでの、この夢とも現実ともつかない朝を、灯油を継ぎ足しながら自分をあたためていく時間が時々大事なのかもしれない。

眠れない私はまだ夏のど真ん中にいた。冬を思い出してみたけど、りんごが美味しいこと以外、いいことは他に一つもなかった。体の芯の火照りも、目の疲れもなかなか取れない。これは今に始まったことではないけど、机にずっと向かっていると目の疲れがしばしば足腰の神経に到達するようになって、細かな作業が辛くなる。そんな悩みを呟いたら、彫刻作家の明子さんが「週1でも自然光で生きるといいよ」と教えてくれた。夜はスマホを見ないのはもちろん、暗くなり始めても照明をつけないで、ろうそくの明かりで過ごしてみるとすごく癒やされるのだとか。照明をつけない暮らしはさすがに難しかったが、夜は自分の部屋だけでもなるべく真っ暗にして過ごして3日経つ。何がいいかというと、暗闇の中では何もできないので、何もしないでいいのだと頭が錯覚してくれて、気分がとても軽くなる。すると不思議なもので、少し遠くの方でほったらかしていた問題が暗闇の中で続々と浮かび上がってくる。めんどくさい各種手続きとか、遅かれ早かれ取り組まないといけないこととか。でも、朝になると忘れてしまうからちょうどいい。忘れてしまうことは大したことじゃない。あっという間に次の季節が近づいている。りんごが美味しい以外に取り立てて良いこともない永い冬が。港町の海風は意味わからないくらい強くて痛くて、生きる気力すら削がれそうになる。季節の移り変わりを慈しむ余裕とかもなくなる。今のうちに美しい有機物をたくさん目に留めておきたい。

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