音声情報による疑似体験を考察してみた
次は、銀閣寺前〜、銀閣寺前〜、お降りの方は降車ボタンでお知らせください。
音声に特化したDabelというアプリでの体験です。
とある「移動中、ホストは喋りません」というような配信を開いてみるとこんな音声が聴こえてきました。
そう、ホスト(配信者)はただ日常を音声のみで垂れ流し配信をしていたのでした。
ホスト(配信者)本人は、「こんな日常を垂れ流してるだけ」という認識だったようですが、私にとっては「まるで京都に旅行したときのような感覚だ...!」と、自宅にいながら感動しました。
「ホストは話さないのでどうぞ話してください」
今度はまた別の配信でまたもや「ホストは話しません」とのこと。
すると、ホストを中心として集まったリスナーたちが仲良くお話を始めたのでした笑
そこで、私はホストとリスナーが「頑張らない配信」の可能性について考察を巡らせてみました。
そもそも音声の価値とは
- 音声だとその場の雰囲気や状況がより繊細に伝わる
- 肩の力を抜いたコミュニケーションが取れる
環境音垂れ流し配信(頑張らない配信)の価値
ホストが喋らなくてもコミュニケーションが成り立つ
- スピーカーが勝手に喋ってればいい
- 外出時にも喋らなくてもいい
ホスト(配信者)は頑張らなくてもいい
- ホストは垂れ流しているだけで価値になる
- ホストはそれを聴いているだけで価値になる
→ローカルな体験がどこでもできる
- 環境自体も話題になる
- フリースペースだからこそ自由な楽しみ方ができる
ホスト(配信者)を中心に集まることの価値
- ホストを中心に集まっているからこそ、ホストのファシリテーション無しでもコミュニケーションが成立する可能性が高い。
- ホスト中心の環境なのにホストが居ないコミュニケーション
→新しいコミュニケーションだあああ
改めて見えたDabelの価値
- 電話、ラジオを超えた空間の共有
→空間でつながる
- ながら作業でもコミュニケーションの音声だけなのでとりあえず入るができる
- 誘ったときになにかお返ししなきゃ、価値のある場にしなきゃ、というプレッシャーがない
- オフライン&オンラインの空間共有が可能(O&O)
- 偶発性がすごい、計画的な配信とは違って、気分のままに環境を垂れ流すということは、その気分に惹かれた人が集まるので、その瞬間における心地よいコミュニケーションが可能。
例
ホスト→学校の先生
リスナー・スピーカー→生徒
こういう体験は今までに無かったのか
親しい関係ならLINE通話つなぎっぱなしはある
→ただし親しい関係に限る
一方通行の音声コミュニケーションならあるけど、双方向なコミュニケーションが偶発的に起こる体験は今までに無い
まとめ
- 分散型の自律したコミュニケーション
- 環境・チャットにいるホストがファシリテーション
- 自律的なコミュニティのかけら、入り口
- 気分のノマド
いろいろ気にしがちな引きこもりな私の感想
- 部屋にいるのに無料で旅行した気分になれる!!
- 頑張らないコミュニケーションこそ自然体でいられるのでリラックスできるし発想をスパークできる!!