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アラックの涙とキャンディの味

シングルベッド2台を横並びにくっつけた大きなベッド。目に眩しい不慣れなゴールドのカーテンはゲストへの”おもてなし”なのかもしれない。お家はこだわりのあるインテリアに包まれ、ゲストハウスよりもずっといい。

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家の主であるSarath(サラット)は、実にフレンドリーな笑顔で私を迎えてくれた。もうひとりの男はNanda(ナンダ)。サラットの友人兼、おかかえ料理人というところらしい。

2人とも英語が話せるしコミュニケーションを取るのは難しくない。まだ素性は知れないが、いい人たちであることだけは第一印象で決まっていた。

チェックインも早々に、2人の買い物について行くことになった。カフェに連れて行ってくれたり、海が見える道を選んで歩いてくれたり、私が喜びそうなことを提案してくれる。”気を遣う”という言葉は早くも忘れ去り、すでに居心地がよい。それはきっとこの2人が父親くらいの年齢だからというのもあるだろう。帰り道、「スリランカの名曲を聴かせてやるよ〜!」と、車の中で永遠歌い続けているようなおじさんたちだったので、山道は真っ暗なはずなのにずっと明るかった。

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家に着くと「シノおいで!一緒に乾杯しよう」とアラック(‘araq )というお酒を準備してくれた。

アラックは「少量の水」「汗の滴」という意味があるらしい。ココナッツの花やサトウキビの樹液を発酵させた蒸留酒で無色透明。どことなくウイスキーに似てるけど、口に含むと花の蜜が醸し出す甘い香りを持ち、フルーティーな味わい。いい感じにクセはあるものの飲みやすくて美味しいかも。ただしアルコール度数は30〜45度。コーラで割って飲むのがオススメ。

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まだまだ酔っ払ってもいないだろうに、サラットとナンダはラテン調の音楽をかけて陽気に踊っている。おじさん2人が手を繋いでくるくるまわったりしていて微笑ましい。こんなに歓迎ムードで迎えてくれるなんて嬉しいな。宿というよりホームステイしてるみたい。

こっちに来て一緒に踊ろう!と、ナンダが私の手を取りサルサみたいなダンスを踊り始めた。私のコロンボでの経験を活かすときがやってきたゼ!

楽しい宴ではあるもののひとつだけ難を言うなら時折発動されるナンダの若干なるセクハラみ。私の目が一瞬死んだ魚のようになるが、まあナンダのキャラクターを考えると、こういう親戚のおっちゃんいるわ、という感じで目を瞑ることができる。死んだ魚は目を瞑ることができるのかしら?

ナンダ②

そんな彼、ナンダかんだ言っても料理はちゃんと作れるらしい。

わ!これは福岡のソウルフード、『ツナパハ』にあるヌードルカリーのカリーがないバージョンではないですか!シンプル・オブ・シンプルが際立つサラダも、これが本場のスリランカサラダやで!という感じがしてビジュアルが愛おしい。

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お腹がいっぱいになったところで部屋に戻り、星の代わりにキンキラと光る金色のカーテンに包まれ、眠りについた。

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木々の隙間から差す光に心地よく目覚める朝。タイミングを見計ったかのようにコンコンと鳴るノックの音。サラットが部屋にコーヒーを持ってきてくれた。私はまるで娘のよう。モーニングコーヒー飲もうよ〜。

私が街に出るとなれば「いつでも送るからね」と言ってくれるし、いつでも迎えに来てくれる。次の日も、また次の日も、モーニング紅茶やモーニングジュースを持ってきてくれたり、ナンダのフレッシュ手料理を味わっては3人で宴を繰り広げたり、『2人のおじさん with 私』な世界線が毎日ハッピーだ。

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そんなことを感じながら過ごしていると、あっという間に最後の夜を迎えてしまった。ナンダは明日見送りができないらしく、一足先にお別れをした。見慣れてきた金色のカーテンに勝るほどキラキラとした思い出に包まれ、眠りについた。

そして、目が覚めた朝のことだった。

いつものように優しい笑顔をしたサラットは「今日チェックアウトだからこれ渡しておくね」と、宿泊代金が書いてある明細書を手渡した。もちろんモーニングドリンクと共に。「うん、後で支払うね!」と伝え、扉を閉じ、

んんん?????

なんか宿泊代金が思っていたものと違う。宿代、ご飯代、送迎代など諸々の料金をカタカタカタと頭の計算機で叩くも、いや、やっぱり高いわ。という答えにいたる。

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チェックアウトをする前にピンナワラという村に行く予定にしていたので、明細書の件はとりあえず置いといて出かけることにした。

ピンナワラには、母親とはぐれたり死別した子ゾウを保護する『ゾウの孤児院』がある。大自然の中で暮らすゾウを見に行くというなんとも心トキメク案件にもかかわらず、道中ひとりになると、謎の怒りがふつふつと沸き起こってきた。

『あの価格はなんだ』

何に対して、誰に対して怒っていいのか分からないけど、とにかく怒りで心が落ち着かない。

そんな私にも心躍る瞬間がやってきた。孤児院に辿り着くと、車道を横切るたくさんのゾウさんに遭遇!30頭ほどの大きなゾウが「我こそが一番の権力者」とでもいうような面持ちで、ズン……ズン……と列を連ねて歩いている。かっこいい!!

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広々とした敷地、自然そのままの緑の中で過ごすゾウを見て私の心も豊かになる。こんなにもキミたちの目が優しいだなんて知らなかったよ。

ただひとつ言いたいのは、この孤児院への入場料がやたらと高い。2500ルピー(≒2100円)なんだけど、惣菜パンは30円くらいだし、カレーは200円とかで食べられる世界よ?ゾウさん!!!

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などと思っていたら、また宿泊代金のことが頭によぎり始めた。帰りのバスでは見事にそのことで頭がいっぱいになり、バッグの中から取り出した明細書とずっとにらめっこしていた。

代金が予想以上に高かったのには理由があった。毎朝美味しく出されていたモーニングドリンク、一緒に楽しく飲んだお酒、それらはすべて追加代金として計上されていたのだ。怒りが悲しみへと大きく変わった瞬間だ。サラットやナンダの優しさ、一緒に過ごしたあの時間は、すべて「お金ありき」だったんだとしか思えなくなった。

私の目から、無色透明のアラックのようなものが流れてきた。「少量の水」という意味なのに、あの2人と一緒に飲んだぶんだけたくさん流れてきた。なんでもないようなことが幸せだったはずなのに、なんでもないようなことにお金が発生していただなんて知らなかった。2人の笑顔を思い返したらさらにうまく消化できない。

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いざチェックアウト、支払いをするというタイミングでサラットに申し出た。どうしてこんな金額になるのか。モーニングドリンクやお酒にお金がかかるなんて聞いてない。片道の送迎は200ルピーのはずなのに、どうして400ルピーになっているのか。鉛筆で書きながら説明をし、問いただせば問いただすほどボロボロ落ちてくる涙。

サラットは「これまでのゲストにも同じようにやってきて、いつもと同じように請求しただけだよ。片道の送迎だって、キミを送って結局戻ってくるのだから、こちらとしては往復になる。だから400ルピーになっているんだよ」と言った。

サラットが常に穏やかで、きちんと話を聞いてくれているのがまた辛かった。知らん、そんなの知らん、聞いてない……と、涙ながら訴える私に、「これはスリランカでは当たり前のことだよ。でもシノが納得していないのならシノが言う価格で大丈夫だよ」と言ってくれた。
人は、優しさをもらったときに涙が出る。

「ありがとう」という言葉がどうにか出てきたものの、未だに納得してない自分がいた。あの優しさや楽しい時間がお金に換算されていた気がしてどうしても受け入れられない。そんなはずじゃなかったのに……そんな2人じゃなかったはずなのに……。あんなに楽しかったのに……あんなに優しかったのに……。

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サラットは私を駅まで送る。最後の送迎は、お互いにほとんど喋らないまま駅に到着した。

「またキャンディに来たらうちに泊まるよね?」

本当に最後のお別れをするとき、第一印象からずっと変わらない笑顔でサラットは言った。私は初めてキャンディに降り立った日と同じように人混みや車の群衆に紛れ、笑顔でバイバイをした。

1250ルピー(≒1100円)を取り戻すために泣きじゃくる自分はなんだったのか。未熟だったのか。後で考えると「こんなことでムキになるなんて」と自分でも思うかもしれないけど、今の私には大事なことだった。1250ルピーを取り戻すことで、彼らの優しさを本物だと思いたかった。

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彼らに悪気があったわけではない。

優しさが偽物だったわけでもない。

私が未熟だったわけでも、きっとない。

『スリランカにはスリランカのやり方がある』

それがきっと答えだ。
当たり前のことを当たり前にする彼らの生活に、異国からやってきた私が入っていった。
ただそれだけだ。

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辺りはもう夕暮れで、美しいその色を見ていたらまた知れずと目頭が熱くなる。

キャンディってどんな味?

甘い味?苦い味?

私が初めて食べた味。


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