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「オルタナティブな未来」から逆算する。SFプロトタイピングとスペキュラティブデザインの可能性

SIIF

連載「インパクト」実現のためのアイデアスケッチ【第三回】

テクノロジーと“インパクト”の関係を「ディープテック」というトレンドワードを軸に読み解いた前回に続いて、この記事では未来を描くためのアプローチである「SFプロトタイピング」「スペキュラティブデザイン」について読み解いていきます。

※前回の記事はこちらから↓

この記事は、日本におけるインパクト推進に努めてきたSIIF(社会変革推進財団)による連載「“インパクト”実現のためのアイデアスケッチ」の第三回です。

現状の延長線上にはない「未来」をどう描くか

前回の記事では、インパクト投資と結びつきが強まっているテクノロジーの捉え方として「ディープテック」の新潮流をお伝えしました。

おさらいですが、

①社会的課題解決やインパクトの追求が組み込まれていること
②短期的な市場性や技術の先進性のみを追求せず、長期の時間軸がとられていること
③社会や市場の構造自体への変革を引き起こす意図が求められていること

がディープテックの主な特徴と意義だと私は考えています。

この記事では、ディープテックが時代の要請だとして、長期的なインパクト実現のために時間が掛かるとしたら、その際に必要になってくる「実現したい未来・将来のイメージを描き、共有・理解するための方法論」について解説したいと思います。

前回記事でご紹介した「インパクト評価・マネジメント」もその一つですが、より感性に訴えていくアプローチとして、サイエンスフィクションの発想を事業開発に活用する「SFプロトタイピング」と、その背景にも関わる「スペキュラティブデザイン」という考え方について触れていきます。

なお、どちらもディープテックにのみ有効な方法論ではなく、様々なインパクト企業や事業において、今後の社会のあり方を考えていく上で有効だと思います。

また予め言い訳をしておくと、これらの方法論が現状のベンチャービジネスにおいてどこまで有効かはまだ事例や試みも少なく明確にはわかりません。このあたりは少し長い目でのテーマの投げかけだとご理解ください。(注1)

(注1)この背景には、ベンチャービジネスが限られた時間と資源の中で事業化を目指す活動であることがまずあります。一方で第一回目の連載で語ったように、今後はイメージの共有を初期段階から優先するべきベンチャーが、特にインパクトの観点から増えると考えています。

SFプロトタイピングとは?

SFプロトタイピングは簡単にいえばSF(サイエンスフィクション)的な発想を用いながら未来をプロトタイピングしようとするものです。

事業の開発プロセスにおいて、開発中のテクノロジーをもとに、そのテクノロジーが実現・普及した社会を、小説や映像、漫画などのコンテンツを作ることで未来のビジョンをつくり、それを様々なステークホルダーと共有していくことで実現しようとするものです。

SFプロトタイピングは今、まさにバズワードとなっており、日本でもここ数年複数の書籍が刊行されたり、コンサルティング会社が事業を開始するなど賑わいを見せています。特に大企業では様々なコンセプトづくりで開発に活用され始めており、例えば株式会社日立製作所ではメタバースが実現した未来を描いた小説をもとに、未来の社会的インフラについて議論したり、ソニー株式会社では小説をもとにしたコンセプト製品を展示するイベントを開催するなどの事例があります。

ディープテックにおけるSFプロトタイピングのイメージを掴むために、今回は海外の事例を一つ紹介します。下記の画像と動画をみてみましょう。

これらは米NY州のベンチャー企業、OCEANIX社が自社HPで公開している未来の水上都市(フローティングシティ)のコンセプトイメージです。

参考画像:フローティングシティ「OCEANIX CITY」の集落のコンセプトイメージ
©︎ Oceanix and BIG-Bjarke Ingels Group
参考画像:フローティングシティ内のアクアポニックス(水耕栽培システム)の広場のイメージ
©︎ Oceanix and BIG-Bjarke Ingels Group
参考画像:2025年に最小単位で韓国・釜山に建設予定の世界初の水上都市プロトタイプ
「OCEANIX Busan」
©︎ Oceanix and BIG-Bjarke Ingels Group

©︎ Oceanix and BIG-Bjarke Ingels Group

米OCEANIX社はシード期の海洋テックベンチャーで、気候変動による海面上昇への対応テクノロジーとして、この水上都市を提案しています。現在、国連ハビタット(国連人間居住計画)や韓国の釜山市と提携する形で、プロトタイプとなる世界初の水上都市「OCEANIX Busan」を開発しているといいます。

OCEANIX社は、これら水上都市を実現するためのコアコンポーネント(核となる構成要素)を下記の6つのシステムとして定義しています。

「ネットゼロエネルギー」
「クローズドループウォーターシステム」
「ゼロエミッションと循環システム」
「食料生産」
「革新的なモビリティ」
「沿岸生息地の再生」

これらはディープテックとしてそれぞれ重要なコンセプトを含んでいますが、ただ文字として受け取ると手触りもなくどういったものなのか、想像しづらいと思います。

OCEANIX社では水上都市の豊富なイメージを積極的(作為的)に公開することで、誰もが直感的に事業の生み出すインパクトを理解できる状況を作り出そうとしています。

残念ながら私も公開されている以上の情報は知らないため、その開発実態まで確認することはできません。しかしこの事例は、気候変動という課題に対してダイナミックに未来を描くことで、テクノロジーの持つ力を人々にイメージさせるというよい参考になるのではないでしょうか。(注2)

(注2)テクノロジーについてイメージの力で語る際に、開発が伴わない場合や、実現不可能な場合は極端なケースでは詐欺になる可能性もあり、イメージの力をどのように活用するか、理解するかは注意が必要です。米セラノスの事例などが有名です。
なお、OCEANIX社については、元々有名建築家でもあるビャルケ・インゲルスが開発をリードする形でコンセプチュアルな展開を進めていましたが、2022年4月に国際的な開発プロジェクトで実績を多く持つフィリップ A. ホフマンをCEOに迎えてプロトタイプの開発を本格化したことがニュースになっています。

現在の延長からではなく「バックキャスティング」の思考を

あえて書くまでもないかも知れませんが、テクノロジーの発展にSFが影響を与えてきた事は、特別なことではなくこれまでにもありました。

「鉄腕アトム」や「ドラえもん」の影響を受けてロボット開発者になった、みたいな逸話を皆さんも一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか?

この連載を読んでいただいている方が私と同世代だとしたら、映画「マトリックス」や「マイノリティ・リポート」をご記憶かもしれません。センセーショナルな映画が登場した後、私達の日常のコミュニケーションまでも影響を受けていたことを実感してもらえるのではないかと思います。

しかしSFプロトタイピングにおいて重要なのは、「テクノロジーがSF作品の影響を受けているという“結果論”」ではなく、「社会のあり方を生むためにテクノロジーとSFの力を積極的に活用する」という点にあります。未来のフィクションが掻き立てるイメージの力を、もっともっと活用していこう、というのがここで最も言いたいことです。

SFプロトタイピングの細かい説明は様々な解説書や記事を参照いただければと思いますが、強調しておきたいのは以下の2点です。

一つは、事業開発のために必要なプロセスの一つとして、SFの力を意図的に利用しようとする試みであるという点です。開発中のテクノロジーにSFを活用するのではなく、逆に、テクノロジーを生み出すためにSFの持つイメージ力(人々にイメージさせる力)を使うということ。テクノロジーが実装された世界がイメージしやすくなることで、ステークホルダーからこれまでよりも大きな支援や理解を引き出せる可能性があります。

もう一つは、バックキャスト的に未来を描くことで、現在の延長線上からは生まれにくい、より大きなインパクトを見いだせる可能性があることです。これは続けて紹介する「スペキュラティブデザイン」の考え方にも大きく関わってきます。

スペキュラティブデザインとは?

スペキュラティブデザイン(注3)とは、イギリスの英国王立芸術大学院(Royal College of Art)のデザイン・インタラクティブ学科で教授を務めたアンソニー・ダン氏とフィオナ・レイビー氏が提唱したデザイン手法で、先端的なアート表現やプロダクトの開発を通じて現状とは異なるような未来のあり方を提案することを言います。

「問題解決」を行う「デザイン思考」に対比する形で、「問題提起」を行うデザインだと言われています。

実はこの「問題提起を行う」という点が、SFプロトタイピングと合わせて重要だと考えています。

「スペキュラティブ」は直訳すると「思索する」ですが、「スペキュラティブデザイン」において何を思索するのかというと、まさしく「未来」です。

地球温暖化、人口爆発、貧富の差、資源の枯渇など、現代社会は、解決不可能な複雑な問題(Wicked Problemと呼ばれます)に溢れており、現在の延長線だけで物事を考えていては、これらの課題にうまくアプローチすることはできません。

スペキュラティブデザインでは、最先端のテクノロジーや社会通念などを「未来へのシグナル」である特異点として着目し、これまでありえた未来とは(ほとんどの場合極端に)異なる別の未来を描くことで議論を生み出し、複雑な問題を超えて社会を変容させていくための問題提起につなげようとします。

具体的な事例としては、例えばデザインファームのTakramによる100年後の人工臓器のプロジェクトShenu: Hydrolemic Systemなどが有名です。深刻な食糧難や水不足・水質汚染などに直面する人類が、なるべく少ない水分で暮らしていくため人工臓器を用いて身体自体を水筒化するという衝撃的な作品です。

「望ましい未来・起こりそうな未来」を超えていく必要性

下の図はスペキュラティブデザインの文脈の中でよく語られる「PPPP図」と呼ばれるものです。未来学者のスチュアート・キャンディ氏が制作しました。

現在と潜在的未来を「Probable(起こりそう)」「Plausible(起こってもおかしくない)」「Possible(起こりうる)」「Preferable(望ましい)」の4つのPで示しています。

参考画像:PPPP図、参照元を参考にSIIFにて作成

我々は普段、「Probable(起こりそう)」「Plausible(起こってもおかしくない)」な未来に知らず知らずのうちに縛られ、その前提で「Preferable(望ましい)」を規定しています。(図のオレンジの部分)

しかし、複雑で困難な社会においては、一旦「Possible(起こりうる)」な未来までを射程に入れた広い可能性を持ち、デザインの力で「Preferable(望ましい)」をその都度導き出していく必要があるということです。

ここで、上述した米OCEANIX社の事例に戻ってみましょう。

すると、彼らのコンセプトが、気候変動やそれに伴う海面上昇という問題に対して、「水と戦うのではなく、水と調和して生きる」という大胆な考え方に基づいており、「水上都市」という、未来を大きく切り替えたアイデアにつながっているのだということに気づきます。

今回の「水上都市」というコンセプト自体は、色んなSF作品の中で既にテーマになっており、目にしたことがある方も多いかもしれません。しかし重要なのはOCEANIX社のコンセプトが、実はスペキュラティブな未来の意思決定や選択の上で生じているものだということです。(注6)

シンプルに言えば、スペキュラティブとは「当たり前の未来」から離れて、デザインの力で様々なオルタナティブ(別の選択肢)を引き出しながら社会を揺り動かす、ということです。SFプロトタイピングを通じて未来を描いていく際には、このようにスペキュラティブな思考を組み込んで、あらゆる可能性の中で、場合によっては、大きな飛躍を行い、自分たちが望む未来に対して働きかけていくということが重要だということになります。

(注5)より詳しくスペキュラティブデザインのイメージを掴みたい方はNetflixで提供されている「ブラック・ミラー」を視聴するのがオススメです。また、詳しい解説書としては長谷川愛さんの「20XX年の革命家になるためにはースペキュラティブ・デザインの授業(BNN新社)」などがあります。

(注6)このようなベンチャーでの活用は他に、米企業Soylent(未来は「健康を維持するための必須の食事」と「味を楽しむためのレジャーな食事」に分かれるという思索)、日本ではWHILL(介護や医療用の車椅子ではなく健常者も含めたユニバーサルなモビリティという思索)やADDress(別荘ではなく、多拠点を行き来しながら生きて行くようなCo-living(家)の実装としての思索)などがあり、様々なベンチャーでスペキュラティブな要素が見られると個人的には感じています。

メタバースとデジタルツインがスペキュラティブな世界を加速させる

以上のように、今回は長期的なインパクト実現のために「未来・将来のイメージを描き・共有するための方法論」としてイメージの持つ力を活用していく「SFプロトタイピング」や「スペキュラティブデザイン」といったコンセプトを紹介してきました。

最後に、少し大げさに言うとこういった手法や発想はまさに人類に取って開かれたばかり。今後より多くの「オルタナティブ」な試みが世の中に誕生していくとともに、私達がみたことがないような知らない世界が待っています。改めて考えてみると、そういった多様性が爆発していく貴重な瞬間を私たちは今生きています。

次回は未来を実装していくことができる可能性を持つツールとして、「メタバース」の可能性に踏み込んでいきたいと思います。

前編記事はこちらから。

◆著者プロフィール:
古市 奏文
一般財団法人社会変革推進財団 インパクト・カタリスト
メーカーやベンチャーキャピタルなどを経て2018年にSIIFに参画し、インパクト投資の先行事例創出などをリードして行う。
 
◆◇連載「“インパクト”実現のためのアイディアスケッチ」◇◆
今後は、以下のように続いていきます。
 
10月公開予定:未来の空想を実装するためのメタバースとデジタルツイン
11月公開予定:社会変革を生み出だすためのグランドセオリー:トランジションデザイン
1月公開予定:社会を捉える新しいシステム理論の潮流:ルーマンからANT理論まで
3月公開予定:あたらしい資本主義〜連載のまとめに変えて〜
 
※テーマは仮で、掲載時に変更の可能性もあります。
※過去記事はこちらから

【撮影:西田香織/聞き手・構成:南 麻理江・鈴木やすじろう(湯気)】

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2013年頃より調査研究に着手し、GSG国内諮問委員会設立や賛同メンバーの招集を皮切りに、インパクト投資における提言書や現状を記した報告書の発行。金融庁共催のインパクト投資における勉強会の開催などインパクト投資の推進のための活動をしています。