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連載 インパクト測定・マネジメント(IMM)のフロンティアの探求#01 本質的なポジティブ・インパクトを創出するための「インパクト戦略」のつくりかた

インパクト投資の要、「IMM(Impact Measurement & Management、インパクト測定・マネジメント」を考えるnote連載。プロローグに当たる前回記事(『連載 インパクト測定・マネジメント(IMM)のフロンティアの探求#00 クリエイティブ系インパクト測定・マネジメント(IMM)宣言~IMMは飽くなき学習と創造のプロセスだ!』 )では、IMMを「インパクト投資を本質的な社会課題解決につなげるための、終わりなき学習と創造のプロセス」と定義しました。連載第1回からは、IMMを実践するための考え方や手順について、より具体的に考察していきます。

連載を始めるにあたって、まず原点に立ち返っておきたいと思います。インパクト投資をインパクト投資たらしめるものは何か。その第一に挙げられる要素が「インテンショナリティ(意図)」です。けれども、インテンショナリティは極めて主観的なもので、目に見えません。それを客観的に表現し、実践するために、インパクト測定・マネジメント(IMM)が必要になります。IMMとは、インパクトを測定し、結果を目的と照らし合わせ、どうすればポジティブな影響を最大化できるかを考え、そして実践する、一連の流れを絶えず繰り返すプロセスです。

インパクトの測定・マネジメント・報告に関する国際的な合意形成を進めるフォーラム「The Impact Management Platform」は、ホームページ上にインパクト・マネジメントの実施内容や利用可能なフレームワークを公開しています。そこで整理されたIMMの要素のうち、今回は核心部分に相当する「インパクト戦略」について考えます。

「The Impact Management Platform」が公開している
フレームワーク

具体例に見る、インパクト戦略「セオリー・オブ・チェンジ(ToC)」

「インパクト戦略」を表現する方法として、よく引き合いに出されるのが「セオリー・オブ・チェンジ(Theory of Change、以下ToC)」です。実際に公開している投資家はまだ多くありませんが、非上場株でも上場株でも、また融資でも、様々なアセットクラスにおいて今後重要になっていくと見られます。以下、実際に公開されているToCの例を見てみましょう。

「Finance change.Change finance」を掲げるトリオドス銀行の子会社であるトリオドス・インベストメント・マネジメント は、投資テーマを「エネルギー・気候変動」「持続可能な食と農業」「金融包摂」の3つに特定しています(上場企業向けにはこの3つと重なりつつ、より幅広い7つのテーマを設定)。そして、それぞれの課題と、その背景にある構造を分析し、求められるシステミックチェンジと、トリオドスとしてどんな貢献ができるかをビジョンペーパーにまとめて公表しています。(トリオドス・インベストメント・マネジメント ビジョンペーパー

 下図は、トリオドスの「食と農業」に関するファンドのToCです。食と農業の持続可能なシステムを成り立たせるための要素を「バランスの取れたエコシステム」「健全な社会」「包摂的な豊かさ」の3つに分け、図式化しています。

トリオドス・インベストメント・マネジメント のToC

トリオドスは、このToCに基づいて、3つの要素それぞれにどんな投資先があるかを列挙し、さらにファンド全体のIMMのフレームワーク、3つの要素それぞれのKPIを設定しています。

一方、カルバート・インパクト・キャピタル(Calvert Impact Capital)のToC(下図)は、インパクトを「投資家」「ポートフォリオ」「コミュニティ」の3つのレイヤーで表現しています。

カルバート・インパクト・キャピタル(Calvert Impact Capital)のToC

一番下の「コミュニティ・インパクト」は、カルバートが融資先の企業を通じて創出する、社会や環境に対するインパクト。中央の「ポートフォリオ・インパクト」はカルバートが直接的に創出するインパクトで、コミュニティ・インパクトを創出する新たなビジネスを生み、育て、社会に定着させること。そして最上段の「投資家インパクト」は、個人や機関投資家に対して社会・環境課題解決に貢献する機会を提供し、意識や行動の変容を促すことを指しています。

SIIFが新生銀行グループ、みずほ銀行との協働で設立した「はたらくFUND」でも、下図のようなToCを作成しました。

はたらくFUNDのToC

円の中心にある「多様な働き方・生き方の創造」が、ファンドの目指す長期的なインパクトです。これに対して「個人」と「社会」、「ケア」と「ワーク」の縦横2軸を設け、4つの領域それぞれに中期的なアウトカムを設定して、これに基づいて投資先を選定しています。

一見シンプルなToCですが、まとめるまでには相当に議論を重ねました。これが最終形だと考えているわけでもありません。私たちの拠りどころは、私たち自身が当事者だということであり、また、投資先企業からも絶えず学びながらToCを進化させていくことを前提にしています。ただ、まずToCをつくったことで目指す方向が明確になり、私たちの羅針盤として機能しています。

以上3つのToCを見ると、組織として、またはファンドとして、どんなインテンショナリティを持ち、どんな投融資を行うかによって、表現するフォーマットも変わってきますが、いずれも最終的に目指す社会の変化(インパクト・ゴール)、事業活動からインパクト・ゴールまでどのようにつながるかの仮説、そして背後には社会課題や既存システムの構造分析が含まれています。

インパクト戦略を立てるための5つのポイント

では、実際にインパクト戦略を立てるときに押さえておくべきポイントは何でしょうか。これまでに見てきた事例と、「はたらくFUND」での実践に基づいて考えてみましょう。

【ポイント1:まず、組織全体のインパクト戦略を立てる】

トリオドスやカルバートは、まず組織全体としてのインパクト戦略を立て、それを、個々の事業やファンドのインパクト戦略に落とし込んでいます。組織の経営方針にインパクト戦略が組み込まれていることが、実践の駆動力になります。逆に、個別のファンドレベルでインパクト戦略を立てても、組織のバックアップがないと、なかなか前に進めません。「インパクト志向金融宣言」も、こうした問題意識に基づくものです。

【ポイント2:ステークホルダーや専門家をエンゲージする】

「はたらくFUND」の大きな意味の1つは、日本を代表する金融機関が、インパクト投資を専門とするSIIFと協働することにあります。今後は、さらに多くのステークホルダーを巻き込んでいきたいと考えています。とはいえ、すべての受益者の声を吸い上げることは不可能なので、実験的にワークショップを行っています。各課題領域で活動する企業や自治体、研究者など、より当事者に近い方々の意見を伺ってToCに反映させていく。その実践から、2つの手応えを得ています。

1つは、インテンショナリティの形成と成熟にとても効果的だということです。私自身の経験からも、多くの人との協働の経験からも、課題に対してリアルな肌感覚を持つ人に接し、生の声を聞くことで強くインスパイアされることを実感しています。実体験に触発されたインテンショナリティは、インパクト戦略を前進させる強い駆動力になります。

もう1つは、多様な視点を入れることで、投資家が独善に陥るのを防ぐことです。インパクト投資家のインテンショナリティは、とても責任が重いものです。この複雑で不透明な社会に対してなんらかの意図を持ったとき、それがどんな波及効果を持つのか、常に顧みる必要があります。そのためには、ステークホルダーや専門家の視点や論点を採り入れるのが有効ではないでしょうか。

【ポイント3:“自社ならでは”、“当ファンドならでは”の貢献につなげる】

「あなただからこそできる」「この組織だからこそできる」という独自性は、付加価値につながります。前出のトリオドスのビジョンペーパーは最終章に「トリオドスにはどんな貢献ができるか」を置き、自らの実績を踏まえた貢献内容をまとめています。また、「はたらくファンド」で言えば、自らが当事者である、ということでしょう。おのおのの組織やファンドの特徴が現れたインパクト戦略が望ましいと考えています。

【ポイント4:ターゲットとする領域やレベルを定める】

インパクト投資家としてポートフォリオを組んで投資を行っていく以上、単なる投資先企業のインパクトの総和ではなく、「全体として何を目指すのか」というインパクト戦略が必要です。例えば、トリオドスの場合なら「持続可能な食のシステム」ですし、カルバートの場合は投資のバリューチェーンを通じたインパクトと、新たな産業・マーケット創出の両方を狙っています。トリオドスのように特定の領域を定めてそれを深化させる考え方と、カルバートのように領域を幅広く扱い、投資のあり方やマーケット創出に着目する考え方と、どちらも必要ではないでしょうか。

【ポイント5:レビューのプロセスやガバナンスの設計】

インパクト戦略を常に進化・深化させていくためには、予めそのためのプロセスやガバナンスを設計しておく必要があります。例えば、レビューのサイクルやベンチマーク、誰がどうやって見直すか、などです。

ただ、投資家に提出する資料や目論見書に載せたToCを頻繁に変えていいのか、という課題はあります。そこで、こうした資料にはより高次の概念的なToCを掲載し、詳細で具体的な内容は年次のインパクトレポートなどに反映させる、といった方法が考えられるでしょう。

絶えず自問を繰り返すインパクト戦略が、インパクト投資を進化させる

インパクト投資をインパクト投資たらしめるものが「インテンショナリティ」であるからには、まずそのインテンショナリティを、組織レベル・ファンドレベル・個人レベルにしっかり根付かせることが必要です。そして、そのインテンショナリティを常に自問し続ける、インパクト戦略の仕組みが欠かせません。

トリオドスは早くから食と農業のシステムにアプローチし、実際に投資も行っていましたが、改めて前述のビジョンペーパーをまとめ、ToCを公表したことで、投資戦略にも変化が起きたそうです。それ以前の投資先は有機農法やオーガニック食品に偏る傾向がありましたが、改めてToCを分析してみると、有機農法より前に、土壌そのものに課題があることが判明したというのです。けれども、土壌改良には長い時間がかかるうえ、欧州の土地は高騰しています。そこで、農地を買い取って信託化し、有機農法に取り組む若者を支援するための長期低利の債券を発行する、新たな商品を開発したそうです。インパクト戦略を自問し更新することで進化する、好例だと思いました。

ある国際会議で私が「ToCにはWHATだけではなく、WHO、誰が作るのかも大事ではないか」と発言したところ、「それは東洋的な視点だね」と評されたことがあります。調和や対話を重視する姿勢が、東洋的だと受けとめられたのかもしれません。資本主義の競争原理とは異なる視点が求められるインパクト投資においては、私たちが持つ東洋的な価値観を持ち込むことに、大きな意義があるのではないかと気付かされた出来事でした。

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