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連載 インパクト測定・マネジメント(IMM)のフロンティアの探求#00 クリエイティブ系インパクト測定・マネジメント(IMM)宣言~IMMは飽くなき学習と創造のプロセスだ!

ここ数年、大手の金融機関がインパクト投資に取り組むようになり、投資残高も2021年についに1兆円を超えました。SIIFにも「インパクト投資を始めたいが何をすればいいのか?」といったお問い合わせをいただきます。中でも、インパクト投資の重要な要素である「IMM(Impact Measurement & Management、インパクト測定・マネジメント」をどのように実践すればいいのか、は今もって大きな課題であり続けています。そこで、ここでは改めて、IMMの本質とは何なのか、SIIF常務理事・工藤七子とImpact Economy Lab所長の菅野文美が語り合います。

SIIF常務理事 工藤 七子
Impact Economy Lab所長 菅野 文美

IMMを実践することが、本当に社会課題の解決につながるのか?

工藤 インパクト投資とESG投資の違いについて聞かれたとき、私は、インパクト投資の特徴はまず「インテンショナリティ(意図 )」があることだと説明してきたんですよね。インテンショナリティがあるからこそ、意図するインパクトが出ているかどうかを確かめに行くためにインパクトを測定して改善を図る=IMMを行うのだと。あくまでも深いインテンションとIMMはセットになっているのではないかと…。ただ、インパクト投資が広まって、多くの企業がIMMに取り組むようになると、IMMが一人歩きし始めているように感じます。ビジネスの中身は従来の事業と何も変わっていない、投資家の投資行動は何も変わっていないのに、すでに出ていたかもしれないインパクトを、後付けで計測して、可視化するだけに終わっていることはないか。IMMを実践することが、必ずしもこれまでのアプローチでは実現しなかった社会的・環境的課題の解決につながっていないのではないかという疑問が膨らんできました。

菅野 IMMをどう捉えるかですよね。私自身は、IMMとは「社会や環境をより良くするインパクトを出すために我々は何をするべきか」を問い続け新たな実践をし続ける、飽くなき探究のプロセスそのものだと考えています。けれども確かに、IMMの浸透に向けて国際基準作りが進んでいる今だからこそ、世の中では、IMMとは、何かの基準に則って作成されたチェックリストをこなすように捉えられていることもあるかもしれませんね。だとすると、IMMを実践してインパクト投資のラベルは貼れたけれども、結果として世の中は何も変わってない、ということはありえるかもしれない。

工藤 IMMとは、本来はもっとクリエイティブでダイナミックなプロセスなのに、単なるツールと捉えられているのではないか、ということですね。「Measurement & Management」という言葉からして「計測して管理する」ですから、あまりクリエイティブな印象はないですよね。けれども、なぜ計測するかといえば、そこから何かを学び取って、よりよい未来に向けたイノベーションを起こすためなんですよね。

インパクト投資家が的確なインテンショナリティを持つには?

菅野 インパクト投資の出発点がインテンショナリティを持つことだとすれば、どうすれば的確なインテンショナリティを持てるのか。この複雑な世界、社会情勢の中で、投資家があらゆる課題を正確に理解し、全ての情報を把握することは不可能です。何かのインテンショナリティを持ったとき、どんなインパクトが生まれるか。ポジティブなものだけでなくネガティブなインパクトも生まれるかもしれない。それをどう把握して判断し続けられるかが問われる。だからこそIMMが必要なのだと思います。

工藤 投資家による課題の理解や知識は大事だとは思いつつ、インテンショナリティが感情や思い入れに裏付けられていないと、いくらIMMを実践しても、やっぱりただのツールに終わってしまうんじゃないかと感じます。

菅野 社会や環境の課題を自分のこととして考える、あるいは未来をリアルに思い描くための想像力が、私たちには足りていないのかもしれませんね。例えばイギリスでは、個人が年金基金の運用に対してインパクトを要求する動きがあるけれど、日本では資金運用で環境や社会にインパクトを出そうという意識は今のところあまり浸透していない。人の心にある社会環境課題に対する危機感や、より良い未来を望み信じる想像力をどのように育んでいくのかのアプローチはまだ決定的に欠けているように思うんです。

工藤 そうですね、大切なのは知識の拡張よりも想像力の拡張ですよね。ある課題に興味を持てば、情報は自然と集まってくる、学びが駆動する。でも、その前に、興味がない、意識を向けない、想像が及ばないと何も始まらない。個人としての興味・関心というと、何か強烈な原体験みたいな個人の内発的な変化が必要なイメージがありますが、実は環境の影響が大きいのではないかという話を最近聞きました。今、子どもたちがSDGs教育を受けていることは、きっと10年20年後に実を結んで、社会課題に対する想像力を備えた世代がどんどん出てくるんだろうなという気がします。

菅野 サステナブルファイナンス全体を考えるときに、人材育成は大きな課題の1つに挙げられます。子どもたちの成長を待つ以前に何ができるのか。現状に課題があるとすれば、1つには多様性ではないかと思います。官民学セクター間などでの人の行き来がより活発な欧米に比べると、日本はキャリアも属性もまだまだ均質になりがちかと。これを補うためには、日本でも組織やセクターを超えてインパクト創出に取り組む人材の交流をもっと創っていけるといいのかもしれません。

工藤 人を変えるんじゃなくて、人が混ざるということですね。そこが本質かもしれないですね。IMMに問題があるんじゃなくて、使う人にこそ目を向けなければいけない。IMMがツールだとしても、ツールを目的化してしまわないで、使いながらアップデートしていくことが大事。道具なら、使いにくければ取り替えればいいし、オーダーメイドしてもいい。社会・環境課題に対してリアリティを持つ人、想像力が働く人がIMMを手にしたときに、IMMも発展していくのかもしれない。

菅野 課題をリアルに感じるという点では、1つの課題の深刻さだけではなく、「世界のつながり(相関性)」に目を向けられるようになりたいです。例えば、日本にいる私たちの生活が、地球の裏側のアフリカの飢饉にどうつながっているかとか。システム全体をより俯瞰して考えることこそが、多数の企業を通じてより広範に世界を見れる投資家に期待される役割だと思うし、将来も持続的に金融ビジネスを手掛けていくために必要なことだと思います。

工藤 以前、アメリカのサステナブル投資家がロヒンギャ問題についてホワイトペーパーを出していました。上場投資のファンドマネージャーがなぜロヒンギャの問題をそんなに深堀するのか疑問に思ったのですが、そのとき彼らが言っていたのは「人権活動家のように見えるかもしれないけれど、投資家としてこの問題を重視している。将来的に必ず財務リスクにつながるから」と。彼らのような人には「世界のつながり」が見えていたのかもしれませんね。

菅野 IMMには、事業会社によるIMMと投資家によるIMMがあります。投資家側のIMMに、より「世界のつながり」の視点を組み込みたいなと考えています。

工藤 もしかすると日本では、IMMは事業会社がやるものだと誤解されているかもしれません。投資家のIMMは、事業会社からインパクト情報を開示してもらってきれいに整理する作業のように考えられているふしがあります。でも、投資家には投資家のインテンショナリティがあるのだから、投資家としてのインパクトの仮説があるはず。そのうえで、事業会社に対して「私たちが求めるインパクトはこれだから、御社の事業で重視しているのはこの点で、こういう情報を出してほしい」というエンゲージメントがあるといいですよね。

菅野 投資家がインパクト創出に貢献するためにはどうすればいいのか。投資家は、事業そのもののインパクトについては、当の事業会社以上の知見は提供できませんよね。その代わり、ほかのステークホルダーや事業者との幅広いコミュニケーションに立脚して、より広い視野、より大きなコンテクストの中で、その事業会社のインパクトを位置付けるような、新たな視点を提供できるといいのではないでしょうか。

IMMとは、未来を拓くための終わりなき学習と創造のプロセス

菅野 もう1つ、今、課題だと考えているのはイノベーションです。よく投資家から「SDGsは日本に合わないから、日本版の社会課題のリストが欲しい」といったご要望をいただきます。もちろん、今ある課題を明示すれば、そこにお金が流れやすくはなるでしょう。他方で、まだ見ぬ未来に対してどうやって可能性を開くか、そこにお金を出し続けられるのか。それを考えるのが、非営利の財団であるSIIFの役割ではないでしょうか。「この投資があることによって、本当に世界がよくなった」という追加性がイノベーションだと思うんです。そんなイノベーションを生むための、クリエイティブなIMMのあり方を追求していきたいと考えています。

工藤 それはとても大事なことですね。KPIを設定すると、ついその達成に目が向いてしまうけれど、実はその隣で、別の重要な変化、ポジティブあるいはネガティブなインパクトが起きているかもしれない。それをどこまでも確かめに行かないと、本当のパフォーマンスは見えてきませんよね。それが、菅野さん言うところの、本来のIMMなのかな。IMMとはつまるところ、終わりなき学習と創造のプロセスである、ということですね。SIIFを立ち上げて5年経ちますが、まだまだ長い旅のスタート地点に立っている感じ。これからも正解のない中での試行錯誤が続きますね。頑張りましょう!

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