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インパクト投資は今後どうなる? 未来を描くためのアイデアを集めました。

「インパクト投資(※)」という言葉が、金融業界やスタートアップ業界を中心に着実に浸透しつつあります。

SIIF(社会変革推進財団)では2017年の立ち上げ以来、インパクト投資の啓発や事例作りに取り組んできました。多くの困難もありましたが、最近では少しずつ手応えを感じています。

「インパクト(投資・起業・事業)」の現場にいる方々と日々接することで、「資本主義は今後この方向に向かっていく」だろうと感じる「未来の視点」も増えてきました。

例えば「起業家」のあり方。『社会・環境インパクトを志向する「インパクト起業家」の中でも、お金を生み出し続けることから適切な距離を保ち、「世の中もっとこうなったら幸せだよね」と思えることを、ビジネスとして持続可能な形で実現していくオルタナティブの要素の強いインパクト起業家には、独特の軽やかさがあるし、希望を感じます。この自由で悠然とした経営スタイルを持つ人々は未来のロールモデルになり得ると感じます。

また、そもそもの「ビジネス」の捉え方も大きく変わっていくだろうと常日頃感じています。今はまだ「インパクト」や「社会性」というものは、経営の要素として収益性とは異なる特別なものだと考えられていますが、あまり遠くない将来に一つに融合していくでしょう。 

この連載では、来たるべき未来のワクワクを皆さんに共有しながら、SIIFインパクト・カタリスト古市の独断と偏見により、一般的なインパクト評価や標準的なマネジメントの話を超えて、「インパクトのある未来の世界」への思索を、記録してみたいと思います。

また、その補助線となるようなテクノロジーやデザインリサーチ手法などを、世界をこれまでとは異なる「新しい視点で見るため」のツールとしてご紹介していきます。

プロローグとなる本稿では、「インパクト投資」が加速しつつある背景に迫りつつ、新しい世界線に向かっていく“頭の準備体操”を皆さんとご一緒したいと思います。

※)上場益や株主配当などの「経済的リターン」だけでなく、社会問題の解決やインパクトなどの「社会的リターン」を両軸で目指す投資のあり方。詳しくはこちらのページをご覧ください。

お金が“コモディティ化”する。これからの新しいお金の役割とは?

改めまして、SIIFでインパクト・カタリストを務める古市奏文と申します。普段はSIIFのインパクト・エコノミー・ラボにてインパクト投資の先駆的な事例の創出や手法の研究開発に携わっています。

今回の連載「”インパクト”を実現するためのアイディアスケッチ」を担当します。

冒頭で私は「資本主義は今後この(インパクトの)方向に向かっていく」という示唆が増えつつあると書きました。その際に、役に立つかもしれない「アイデアスケッチ」は次回以降の記事で具体的に記していくのですが、まずは重要な前提として「インパクト投資は今後も増えるのか? それはなぜか?」という点について考えてみます。

もちろん未来がどうなるか、について正確なところは誰にもわかりません。しかしここまでインパクト投資が推し進められてきた理由の一つに、資本主義が進歩しすぎた結果、お金がコモディティ化しているという現実があります。

お金がコモディティ化すると、その本質的な価値が問われだすと同時に、「差別化」することでお金の価値を高めることが求められるようになります。「社会的事業に活用されるお金」であるということが、市場の中での競合優位性になり、それがインパクト投資を推進する流れに繋がっていく。インパクト投資が増えれば、インパクト起業を志す人も増えます。良いインパクト起業家が増えれば、インパクト投資ももっと膨らんでいきます。

そうした循環がますます大きなうねりとなっていくだろうというのが、私たちの見ているこれからの世界です。

この流れは資本主義自体が生み出したものであり、それを踏まえるとインパクト投資の拡大は今後も時代の必然でないかと考えています。

インパクトの加速。その「接続点」にある2つのコンセプト

少し堅苦しい大上段の話が続いていきますが、「インパクト」の展望と背景を押さえていく大事な初回記事ということで、もう少しお付き合いください(笑)

「インパクト投資」の今後を考える際には、(これまでの)資本主義との接続点に注目する視座が重要だと私は考えます。

インパクトの話をすると、これまでの金融のあり方や資本主義を「否定」したり「脱皮を目指すもの」だと捉えられることもありますが、実は何か特別な新しいものではなく、脈々と続いてきた人類の経済活動のネクストステップだと位置付けることもできます。

ここでは、敢えてその視点に立って、インパクト投資を理解する上で押さえたい、資本主義にまつわる2つのコンセプトについて触れておきたいと思います。これを知れば、これまでのビジネスとインパクトの接続点がよりクリアに見えてくるのではないかと思います。

一つは資本主義の移行についての仮説としての「アイデア資本主義」という捉え方、もう一つはその具体的なビジネスモデルとしての「プロセスエコノミー」です。

「アイデア資本主義」とインパクト

「アイデア資本主義」は、文化人類学者でリサーチやコンサルティング企業も手掛けている大川内直子さんが発案したコンセプト(注2)。一言で言うと、頭の中の考えや思想など、眼には見えない非物理的なアイデアが今後の資本の主戦場になるという考え方です。同時に無形のアイデアこそ、次の資本主義の成長余白であるとも提示します。

アイデア資本主義では、20世紀を通じた資本主義の発展により、地球上の物理的なフロンティアを失いつつある社会が「非物理的、非空間的な内面」に向かうとされています。

これは完全に独自の見解になりますが、我々が推進するインパクト投資にそのような傾向が強いことは明らかに指摘できるでしょう。インパクト投資の対象企業は、「金融資本」を生み出すことよりも、「人的資本」や「自然資本」、「社会関係資本」などの精神的な価値を生み出すことに注力することが多く見られます。

さらに、今回は詳しく解説できませんが、昨今当たり前のようになりつつある企業の「パーパス経営」などの変化も、この一つの体現であると考えられます。

実際に私達が日々接している社会的事業や起業家を振り返ってみても、非常に高い思想性やこだわりを事業のドライバーにしている人たちが多いこともあり、このような傾向を実感を持って感じています。

(余談ですが、昨今話題のメタバースなどの「バーチャル空間の開拓」もある種のアイデア資本主義の流れを汲んでいるものだと考えています。社会的インパクトの領域におけるテクノロジーの活用については、ブロックチェーンやWeb3など含めた展望の話を後日公開予定の別記事に詳しく書かせていただきました)

この言葉自体はまだ新しいもので、グローバルで見たときの共通理解のようなものがあるかはわかりませんが、上述したインパクト投資の拡大という今後の流れに至る動機をうまく説明してくれているのではないかと感じています。

(注2)大川内さんの著書「アイデア資本主義 文化人類学者が読み解く資本主義のフロンティア(実業之出版)」に詳しく解説されています

「プロセスエコノミー」とインパクト

もう一つ紹介したいのが、連続起業家のけんすうさん発案とされる「プロセスエコノミー」です。(注3)資本主義の発展を取り込んだ企業で増えてきている、具体的なビジネスモデルの一つです。

プロセスエコノミーとは、製品やサービスクオリティなどのアウトプット(最終的な提供価値)による差別化が難しくなってきたなかで、むしろアウトプットを生み出すまでの過程や付随するストーリーを、新しい提供価値としてマネタイズしていくことを意味します(なお今回はプロセスエコノミーという言葉を単にマネタイズのみ言い表す言葉としてではなく、事業全体での経済性に寄与しているという意味で活用しています)。

昨今、サステナビリティの領域で語られることが増えつつある「トレーサビリティ(サプライチェーン全体で追跡可能であること)」や「トランジション・デザイン(持続可能な未来に向けた社会移行のデザイン」という考え方は、社会的事業におけるプロセスエコノミーへの傾倒と捉えることができると私は考えています。

同様に、普段我々は、インパクト投資において「セオリー・オブ・チェンジ」や「ロジックモデル」などの戦略的アプローチが必要だと語っていますが、社会的課題解決のためにシステミックチェンジを起こすことを目的としたこれらは、プロセスを可視化し、差別化を行うという意味で、まさにプロセスエコノミーを活用していると言えるのではないでしょうか。

(注3)プロセスエコノミーについては、けんすうさんご本人のnoteに詳しく解説されています。また、解説書として尾原和啓さんの著書「プロセスエコノミー あなたの物語が価値になる(幻冬舎)」があります。

変化はもうそこまで

上記を踏まえて、イメージを深めるために参考事例として日本のベンチャー企業のGOODGOOD株式会社を紹介します。

GOODGOOD株式会社

GOODGOODは牧草栽培から牧草和牛(褐色和種・あか牛)の繁殖、肥育、加工、精肉店販売、レストラン経営、卸売、D2C事業の一貫経営を行う畜産ベンチャー企業です。

畜産の環境負荷も指摘される中で、「サステイナブルな天然肉の畜産業」を行うという点で、一般的にも社会的事業として受け止められるかもしれませんが、そのことを超えて様々な点がユニークです。

何よりもまず、創業者の起業目的が「美味しいお肉をこれからも食べ続けたい」という非常に個人的な感情から始まっており、それを正面から謳っているというところがあります。直感に訴えつつ精神的な価値に重きをおくスタイルは、アイデア資本主義的と言えるのではないかと思います。

GOODGOODの場合は、メッセージのトーンが「ポジティブで畜産業の問題点や社会課題解決にフォーカスし過ぎていない」(注4)ところがミソです。これはシンプルで力強いと同時に、課題意識がまばらな様々な潜在的支援者との間にもハレーション(注5)を起こさず、パーパスとして機能します。

また、事業的な新しさとして、畜産業のプロセスをSPA化(商品の企画から製造、物流、販売まで一貫して行う小売業態)するというところです。和牛産業は長年、工業化のプロセスが導入されてきた結果、分業化/分断化が非常に進んできました。生産農家は、自分たちが育てた和牛がどのように消費者に届いているのかも知らないという状況でした。
そのような中、GOODGOODは独自の一貫経営により一連のプロセスを変えることをビジネス化しています。もちろん、最終的には和牛を提供するという生産価値も伴うわけですが、プロセスを変えるということ自体が、事業として大きな訴求力を持っていると思います。

経営陣から伺った印象的なエピソードですが、一流レストランのシェフなどの直接顧客が彼らの牧場の放牧地を訪れると、その場所自体の美しさに感動してすぐに牛肉の購入を決めるといいます。和牛を販売する数々の企業の中で、これが市場における圧倒的な差別化ポイントになるわけです。

また、消費者も自分が口に入れているお肉が一体どのように作られているか知ることで、そこに美味しさの違いを感じるといいます。プロセスの違いが価値につながることを、消費者は誰よりも体験から気づけるわけです。

これらはすべて、自分たちの生産プロセスを外部に開示して、そこを追体験してもらうことで「仲間になる」、という非常にプロセスエコノミー的なあり方であると考えられます。

(注4)通常インパクト投資では投資家の意図(Intentionality)がとても重要とされています。一方の起業家・事業についての好ましい意図のあり方は、必ずしも直接的であるだけでなく、様々な可能性が有効であることが見えてきています。

(注5)アイデア資本主義的な前提を考えると、いかに人々の共感を得ることが非常に大切になってきますが、強すぎる社会的メッセージは時に潜在的な支援者との間で理解の壁になってしまうことが多々見られます。このような経営スタイルは導入部に書いた「起業家のあり方」としてもしっくりきます。

象徴としての「メゾン」

最後に、「和牛メゾン」という提案にも触れておきます。

GOODGOODは2020年4月、北海道厚真町と提携し、滞在型の公開生産牧場を作るとして「和牛メゾン」の開発を開始しています。一般公開は2024年以降、最終的な完成は100年後という壮大な計画に基づくものです。ワインで有名なフランスのシャンパーニュ地方からインスパイアされた事業展開だといいます。

畜産物は本来自然生態系から生み出される余剰としての「自然資本」を収穫するものであり、放牧された牛を食べるということは我々は「自然」を食べているということに他なりません。ワインのための土壌づくりが一朝一夕では実現できないように、畜産業における本質的なシステミックチェンジを実現することが、短期間では成し遂げられないことを明示しています。

一般的なベンチャー企業であれば、100年後のための事業計画はむしろマイナスに考えられることもあるわけですが、彼らはむしろその大きなインパクトの実現を追求しようというビジョンをメッセージにすることで、投資家やビジネスパートナーなどの多様なステークホルダーが一つの目標に向かう象徴(注6)として活用しています。まだクローズド・オープン中とのことですが、実際に北海道のメゾンでは支援者同士が夜ごと集まり、GOODGOODのお肉を食べながらコミュニケーションすることで、そこから更なるビジネスが生まれているともいいます。

‥‥‥以上のように、少し長くなりましたが、新しい経営コンセプトやスタイルを実際に実現する企業が日本でも出てきていることを日々感じはじめています。今回、あくまでもGOODGOODを紹介したのは一例としてですが、このような企業は今後社会的インパクトの担い手として、増えていくでしょう。

(注6)このような経営のあり方は昨今「マルチステークホルダー主義」と呼ばれ、グローバルで注目されています。日本でもインパクト企業が長期的な事業の実現を行うアプローチとして、また自分たちだけでやれることを超えて社会変革につなげるアプローチとして、重要になると考えています。

誰が変化の担い手になるのか。

最後に、新しいインパクトの実現を担うのはどのような人たちなのかという「起業家」像について書いておきたいと思います。

これまでの経験から少しずつ見えてきたこととして、インパクト投資・起業に踏み出しているのは次のような人々だと私は感じています。

①資本主義の本流にどっぷり浸かることで、その問題点や限界に突き当たり、そこからの反動や別の幸福を求めて社会的事業に向かう

②社会課題解決を目指して非営利でおこなってきたが、自立性や持続可能性を考えて、ビジネスと向き合い、ソーシャルビジネスへのシフトチェンジを志向する

③生まれたときから一度も経済成長を体感していない一方で、社会課題に対するリアルな認識と責任感をニュートラルに持っている新世代

そして更にこれを私なりに突き詰めてみると、自身の価値観をどんどん転換させていくことに対して、柔軟性を持って楽しめる方々が多いのではないかと感じます。

「リカレント(学び直し)」「アンラーニング(学習棄却)」などの言葉も広まっていますが、ここで重要なのは、社会にある既成事実やこれまでの自分の成功体験を忘れることだったりします。

経済と社会、2つの軸のバランスを状況によって常にハンドリングすることが重要なインパクトの領域でもっとも大事なのは、いくつになっても学び直せる、いざとなったらコロッと変わることができる、そんなマインドとも言えるかもしれません。

事例とネットワークを用意しています

ここまで読んでいただいて、インパクトの領域に少し飛び込んでみようかな、と思い始めていただけたでしょうか?

そんな方たちに「先行事例もあるし、人もつなぐので、頑張って飛び込んでください」と場を開いていくのが、私たちSIIFの使命だと思っています。

新連載のプロローグはこの辺りにしたいと思います。

 *

利益か社会貢献か。ビジネスか非営利か。現在か未来かーー

物事を二項対立のシンプルな構図に当て嵌めず、両方の”いいとこどり”をしているような新しい事業や起業家がすでに世の中に多く誕生し始めています。その世界線を「想像」し、ワクワクする未来を皆さんとともに描いていきます。

次回以降の連載も、どうぞよろしくお願いします。

連載のテーマ(予定)
8月公開予定:「インパクト」を加速させるテクノロジー〜ブロックチェーンを中心に〜

9月公開予定:社会をデザインする技術〜デザインリサーチ概論〜
11月公開予定:ビジネスを変えるシステム論〜組織論やネットワーク理論など〜
1月公開予定:あたらしい資本主義①〜インパクト投資がなくなる日〜
1月公開予定:あたらしい資本主義②〜連載のまとめに変えて〜

※テーマは仮で、掲載時に変更の可能性もあります。

【撮影:西田香織】
【聞き手・構成:南 麻理江・鈴木やすじろう(湯気)】


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