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「阪急電車」 有川浩

「価値観の違う奴とは、辛いと思えるうちに離れといたほうがええねん。無理に合わせて一緒におったら、自分もそっち側の価値観に慣れてしまうから」



「阪急電車」 有川浩



袖振り合うも他生の縁と申します。

かつて僕は阪急電車の沿線に住んでいました。よく利用していたのが阪急電車。

そのときに、いつも目にしていた人たち。


いつもの時間に駅のホームで会う人。
いつもの時間に一緒に電車に乗る人。


見知らぬ人、声も聞いたことのない赤の他人、いつのまにかその人たちの
顔を覚えていて勝手に馴染みになり、勝手に親しみを覚えていました。


話したこともないけど、いつもの馴染みの顔ぶれになぜか安心感がありました。いつもの顔ぶれを見て、こんなことを考えていました。


この人は、どんな仕事をしてるんだろう?
この制服は、あの学校の生徒かな?
あの人は、次の駅で降りる人だな。


もしも


いつもの時間に、ちょっとだけすれ違う人たちと繋がることがあるのなら。


縁は異なもの味なもの。


そんな物語がマルーンの疾風(かぜ)によって、運ばれていくのです。


一つ一つの話が、阪急電車・今津線の駅名のタイトルになっています。駅ごとに乗客が乗ってきます。駅ごとに乗客が降りていきます。駅ごとに登場人物が入れ替わります。


なので


電車に乗っている感覚になります。乗客、つまり、登場人物が車内で出会い、別れ、それぞれの場所に向かうのです。


登場人物はみんな、コンプレックスを持った人たち。


いろんなハプニングが起こります。それが触媒となり、コンプレックスが見事にあったかい優しさと絆に変わります。


図書館で借りようとしていた本をいつも目の前で、いつも同じ女性に借りられてしまう男性。そのことを根に持っていたところ、その女性が阪急電車で隣の席に・・・


結婚寸前で、後輩に彼氏を寝取られた女性。彼らの結婚式を最悪の思い出の
日にしたいと、純白のウエデイングドレスで討ち入り。結局、精神的に返り討ちされた顔面蒼白の女性。結婚式の帰り、ウエデイングドレスのまま阪急電車に・・・


かっこいい彼氏だが、何かの拍子に突然キレる彼氏。しだいにDVがエスカレート、この日は電車内で彼女に暴言。それを見て泣き出した幼い女の子にまで暴言を!キレて途中で降りてしまった彼氏を追う彼女。そんな彼女に、女の子のおばあさんは強烈な一言を・・・


ママ友のマダムの輪に入ったものの、価値観が合わなくて悩む女性。この日もランチに誘われイヤイヤ参加。電車の席を強引に取るわ、大声で喋りまくるわ、空気の読めないマダムたちにその女性とまわりの乗客は・・・


そのほかにもコンプレックスを持った人たちの「人生の機微」を感じられる
エピソードが、阪急電車の車内や駅のホームで繰り広げられます。


印象に残った言葉がありました。


マダムたちの輪に属している康江は、ひとり車内に遅れてきました。そのとき、マダムの一人が強引に向かい側の一つだけ空いていた席に向けてブランドのバッグを放り投げました。


「早く早く!席取っといてあげたからー!」


そこに座ろうとしていた女性は、投げられたブランドバッグに茫然。そして唖然からの苦笑で、しかたなく別の車両に移動しました。


ブランドバッグの隣の席に座っていたのは、彼氏のDVで悩んでいる女性・ミサ。


申し訳なさそうにその席へ座る康江に、ミサは険のある声で吐き捨てます。


「信じられへん。おばさんってサイテー」


康江も最低な行為だと思いましたが何も言えず、無理してマダムたちとつきあっていただけに体が反応、胃が急に痛くなりました。またもや申し訳なさそうにマダムたちにランチを断り、途中下車しました。


ミサは自分が放った言葉で胃が痛くなったと思ってしまい、途中下車して康江を介抱します。


そのときに、ミサが康江に言った言葉。

「価値観の違う奴とは、辛いと思えるうちに離れといたほうがええねん。

無理に合わせて一緒におったら、自分もそっち側の価値観に慣れてしまうから」


価値観が合わないのは辛い悩みです。
合わない価値観に合わせるのは、もっと辛いことです。


この言葉は読んでいて自分自身に響きましたし、彼氏のDVに悩んでいるミサ自身にも響いた言葉であったのでしょう。彼女の行動もここから変わることになるのです。


乗客たちのいろんな事情を乗せて走る阪急電車。


いろんな事情が絡み合い、ダイヤモンドクロスして、人生のポイントを切り替え、幸せの終着駅に向かうハートウォーミングな物語でありました。


また


有川浩さんの軽快で、ワクワクさせられる文章に、各駅停車することなく、
終点まで一気に読んでしまいました。


まさにマルーンの疾風に乗りながら。



【出典】

「阪急電車」 有川浩  幻冬舎文庫


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いつも読んでいただきまして、ありがとうございます。それだけで十分ありがたいです。