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市民の声を政策デザインに反映。民主主義を機能させるためのテクノロジー

前回まで行政府×デザインの事例を紹介したり、実際に自治体で実践するデザイナーへのインタビューなどを行ってきました。行政府自体のデザインの取り組みで、ニーズにあったサービス提供をしたり、より豊かな未来を想像していこうという動きはわかりましたが、今回はそもそもどんな政策を行うのか?というルールメイキングの取り組みを紹介したいと思います。

キーワード:立法・政策立案のデザイン、市民参加、民主主義、ルールメイキング、クラウドロー、ロビイング、デジタルプラットフォーム

なぜルールメイキングにテクノロジーが必要なのか

立法と政策立案は、表に出る公共サービスや人々の営みの「要件」や「ルール」となる部分です。役人や政治家が担うと思われがちなこの役割を、市民自らがボトムアップ的に担う動きは昨今「ルールメイキング」いう言葉とともに注目されています。

現在日本や多くの国では民主主義が前提で社会が形づくられていますが、選挙制度があるだけで「民主主義は機能している」といえるのでしょうか?

既存の選挙の仕組みでは、投票率が低く世代間で意見が反映される割合に差があったり、熟議がなされぬままポピュリズム的な政策に票が集まったり、政策を評価する仕組みや報道が十分に機能していない、など多くの課題があります。

また、選挙への参加だけが民主主義を機能させるわけではありません。行政府が適切に市民の声を吸い上げたり、市民が適切に政治家を動かせる形なども民主主義の機能に貢献するでしょう。制度の問題ではなく、市民のニーズが適切に政策に反映され、豊かさの向上や課題が解決されるという結果が重要なのです。

このような課題に対してテクノロジーの活用によるルールメイキングの可能性は大きいと考えられています。ルールメイキングにおける熟議の促進、世代間のアクセス性のバランスの是正、政府の透明性の向上など、インターネットを活用することで今まで開かれてこなかった政策実行プロセスを市民に開放することが可能にしやすいからです。この流れから、各国で選挙以外での、民主主義を機能させるためのテクノロジーが生まれ始めています。

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民主主義を機能させるためのテクノロジーが増えている

市民による熟議の促進

例えば、現在各国で「クラウドロー(Crowd Law)」という議論をしていくなかで行政がその内容を政策に取り入れていく、という共創的な政策づくりへの参加の形が注目されています。

■ v-Taiwan(台湾)
台湾ではシビックテックのコミュニティであるg0v(ガブゼロ)が運営する「vTaiwan」というオンライン討論プラットホームが注目されています。

従来の政策決定のプロセスは「お上」の意志から始まり、政府系シンクタンクが仮説を立て、政策をつくり、政策を実行するための法改正草案をつくり、公開して国民に知らせるという流れでした。(g0v子魚氏の資料より)

政策系シンクタンクは行政が予想した結論しか出さなかったり、公開された段階で政策の問題点に関して指摘をしてももう手遅れであったり、そもそも政策がつくられるプロセスがブラックボックスになっているという課題がありました。

v-Taiwanは政策に関する議論を登録している市民とともに行うため、政策立案のブラックボックスを解消し、市民の参加を促進するという点で大きな役割を果たしています。彼らはこのような市民による政策の共創を共同ガバナンス(CoGov)という概念で表現しています。

実際に、このプラットフォームでの議論からUBERの参入と既存のタクシー業者との調整、リベンジポルノに対する罰則の規定、市街地におけるドローン活用を推進するための適切な規制などが市民間の協議によって提案され、行政に採用されています。

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さまざまな議論中の政策課題が並ぶ(vTaiwan

単純に市民側が政策決定に参加できるというメリットだけではなく、行政府側としても市民のコンセンサスを持って「お上」の意思を変えられる点でメリットがあるのでしょう。

他にも台湾では行政に提案ができる「Join」といったデジタルプラットフォームが設けられていたり、各省庁には「参加推進職員(Participation Officer)」から成るチームが設置されています。国として、市民による政策決定への参加が促進されているようです。

■ Decide Madrid / CONSIL(マドリード)
マドリード市議会が2015年に立ち上げた市民参加のプラットフォームDecide Madridでは「新しい地方法の提案と投票」「参加型予算編成」などが行われています。

政策実現までの流れは、人口の1%から支持を得た提案が、一般投票にかけられ、それに対して行政府がが1か月間、プラットフォーム上で公開される合法性、実現可能性、および成功した提案のコストに関する技術レポートを作成する、といった流れです。

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市民がアジェンダ設定を行える(Decide Madrid

Decide MadridはCONSILというオープンソースを使っています。CONSILはマドリードの他にもイタリア・トリノやアルゼンチンの首都ブレノスアイレスなど、35か国135の行政機関に使用されています。このテンプレートを使えば、テーマに沿って議論を行ったり、意見を収集する仕組みが構築できるので、日本の自治体にとってもハードルが低く市民参加のデジタルプラットフォームを作れる手段かと思います。

■ Better Reykjavik(レイキャビク)
Better Reykjavik(ベターレイキャビク)はアイスランドの首都レイキャビクのサービスです。提案した政策に対して他のユーザーは賛成・反対の意見を述べられ、前述した2つのサービスと共通の部分も多いのですが、特筆すべきはユーザー数を12万人以上を誇る点でしょう。これは街の人口の半分以上を占めます。

2017年時点で5,800以上のアイデアが提出され、1,000以上のアイデアが正式に審査されました。現在も市議会で月10~15の提案が検討され、投票が行われています。

Better Reykjavikは2010年の市政選挙の一週間前に発表され、政治政党「ベスト・パーティー」に採用されました。その後、同政党が36%の票を獲得し、社会民主党との連立政権に入ったことで、政策を決定する上で重要なツールとなったようです。

意識が高い一部の市民だけが行うだけではなく、この仕組み自体を市民全体に浸透をしているところがより民主主義を機能させる上でうまくいっている事例だと思います。

■ Rahvakogu(エストニア)
エストニアでは2013年から国民会議システム「Rahvakogu(ラーヴァコグ)」が存在します。同国といえば行政サービスのスマート化の印象が強いですが、民主主義のあり方に関しても「審議民主主義」を標榜し、熟議をとても大事にしています。

2013年には選挙制度、政党、政党とその内部の競争、政党への資金提供、政治における市民の役割の強化・停止について焦点が当てられ、6万人以上がウェブサイトを訪れ、開始から3週間で、ウェブサイトには約2,000件の提案が寄せられ、上位15のアイデアが議会に提出されています。そのうち7つのアイデアがエストニアの法律として採用されたというのが実践的だと思いました。

行政が市民の声を拾う

政策立案プロセスに市民が熟議によって参加することも重要ですが、行政が市民の声を広い、政策実行に活かしていくことも重要です。テクノロジー業界ではユーザーの声を聞いて、プロトタイピングしながら開発を行うことは失敗を防ぎ、よりニーズに即したものを作る上で必須のプロセスになっています。行政府の場合も同様で、市民の声をどのようにガバナンスに活かしていくかは重要なテーマだと思います。

■ Neighborland(アメリカ)
米国のNeighborlandは行政府が市民の意見を収集できるプラットフォームです。過去に300万人以上のユーザーが参加し、ホームページによると累計の社会的インパクトは3,000億円以上とされています。

すでに200以上のプロジェクトと約50の政府機関に関与し、「公務員による公開討議」「コメントやアイデアの優先順位付け」「目標の優先順位付け」「一般市民とのコミュニケーションのオープンライン」を機能として提供しています。

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市民に問いを投げかけて意見を募る(Neighborland

テーマに対してデータを示しつつ市民がそれについてどう思うかを収集することで、政策の実行前後での精度をあげることが期待できます。

市民の意見を直接行政府が受け付ける点で、条例や政策への影響はとても大きいと思われます。このサービスはYahoo!のUXデザイナーを務めた人物が共同創業者となっています。デザインのプロセスで行われている、特にユーザーリサーチの部分を行政府にも実装しようとしているのでしょう。日本の公聴部門のホームページを見ても、声を届けるのはなかなかのハードルの高さを感じますし、この先Neighborlandのようなツールが普及する可能性もありそうです。

■ Bang the Table(オーストラリア)
Bang the Tableはオーストラリアで生まれた、地方自治体向けの市民のニーズ調査のためのサービスです。フォーラム、アイディア募集、位置情報に基づいた要望、投票、アンケート、Q&Aなどの機能があり、行政職員が市民のニーズを調査する際に使用できます。

オーストラリアでは農業省や地方自治体で使用され、発祥はオセアニアながらインド、カナダ、米国、英国と徐々にエリアを展開しています。

クライアントは地方自治体だけではなく、医療機関や教育機関も名を連ねています。このことは普段、サービスの受益者からのフィードバックに対してそこまで注力してこなかった行政府以外の特定の分野の公的機関にとっても、リサーチによる改善の伸びしろが多いことを示しています。

■ Citizen Lab(ベルギー)
Citizen Labはブリュッセルに拠点を置くサービスで、Bang the Table同様に地方自治体向けに提供されています。市民がアイディアの提案を行えたり、行政が市民参加型の予算を組んでいくことや、ニーズ調査、オンラインワークショップなどを行うことができ、すでに200以上の地方自治体に使われているようです。

地方自治体には4,500ユーロ/年から提供しており、大都市になるとその10倍程度で提供しているようです。彼らの出している記事によると、従来の市民からのフィードバック収集にかかるコストは一人当たり47ドルだったのに対して、デジタルツールで市民からフィードバックを募ることにより9ドルまで削減できるとしています。

特に若い市民に対して、Citizen Labのようなデジタルツールは有効としています。財政面からも、デジタルでの傾聴を促進を進めた方がいいというところは、行政府内でも提案を通しやすいロジックではないでしょうか。

■ Zencity(イスラエル)
イスラエル発のZencityは地方自治体向けに、SNSや市民用の緊急連絡電話、ローカルニュースなど、数百にわたる情報ソースから住民の意見や行動データを収集し、各都市における要望やトレンドを分析するサービスを提供しています。イスラエルとアメリカを中心に展開しており、アメリカではすでに26州150以上の地方自治体に採用されているプロダクトです。地方自治体向けのGoogle AnalyticsやBIツールといったところでしょうか。

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リアルタイムで住民のデータを可視化(Zencity

Zencityがあることで、行政職員が住民の要望をリアルタイムに把握することができる、公共サービスなどの改善をデータに基づいて行うことが可能になります。

情報社会化により、ソーシャルメディアやソーシャルゲームなどが爆発的に成長した裏には、データ分析の力があります。

例えばソーシャルゲームであれば、離脱する人数が一番多いタイミングがわかれば、そのタイミングのゲームの難易度を下げることで離脱率を調整する、などといった施策が打てるのです。そのプロダクトがある程度世の中に受け入れられたら、あとはデータとそれに対するPDCAを繰り返せる体制があれば、ユーザーに使い続けてもらう/満足してもらうことはある程度計算が立つことが多いです。

行政府がデータドリブンになることは正しい施策を打てることもそうですが、こうしたPDCAを高速に繰り返せることに大きなメリットがあると思います。リアルタイムで住民のデータ分析ができるZencityのようなプロダクトも、今後行政府に浸透していく可能性は高いのではないでしょうか。

■ FixMyStreet(イギリス)
イギリスの非営利団体mySocietyが運営するFixMyStreetは身の回りの道路や公共施設の修繕要望を行政に届けることができます。位置情報と写真をセットで送ることができるのが特徴的なサービスで、一週間に1万件近いレポートが投稿され、1ヶ月で1万件以上の修繕が行われています。

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位置情報と写真を添付してレポートできる(FixMyStreet

このサービスのような設計のアプリは、日本でもgeorepublic社などが開発しており、実際に千葉市などの行政も取り入れています。練馬区も独自のアプリを開発していますし、実践的な事例だと思います。

市民が政治家を動かす

さて、私たちが民主主義といったときに思い浮かぶのが選挙ではないでしょうか。間接民主主義では地域の代表者が政治家として出馬し、議会で行政府を監視するという役割を担っています。政治家を選んだり、自分の注力してほしい政策を伝える、というタスクがもっとも明確に市民に与えられた参加の形かと思います。

■ Countable(アメリカ)
アメリカのCountableは、議会が検討している法律に対して賛成/反対や、5段階での評価を行うと、在住している地域の政治家に意見が届く形になっています。いま議会で検討されている政策を理解することができるだけでなく、議員とも政策ベースでコミュニケーションをとれるので、審議中の法案に対してどのように働きかけをしてほしいかを伝えることができます。

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政策課題に対しての意見を地元の政治家に届けられる(Countable

Neighborlandのように行政が直接市民の声に耳を傾けることも政策に強く影響を与えると思いますが、議会で発言を行う政治家に意見を送ることでもルール作りに影響を与えることができます。Countableはそうしたロビー活動といわれるプロセスを民主化しているプロダクトといえるかもしれません。

ユーザー数は買収した関連サービスも含めると1億9,000万人以上と、米国の人口を考えるとかなりの規模だと思います。

おわりに

今回取り上げたサービスはすべて民主主義への参加のハードルを下げたり、行政側から市民に歩み寄ることができるテクノロジーサービスです。使うのは市民や行政職員といった人間であり、適切に行き渡り使われるためには、同時に彼らの市民性や参加デザインのリテラシー向上なども育んでいく必要もあるでしょう。

民主主義の機能を促進する仕組みついては、今回取り上げたようなテクノロジーや、リテラシー向上などの教育的アプローチの他にも、制度の仕組みをデザインするアプローチなどが考えられます。スロヴェニアの一部の選挙では、より広く支持される人が当選する仕組みである「ボルダルール」が採用されていたり、カナダ・オランダ・スイスなどでは既存の政党政治が不得手とする特定の課題に対して、抽選で討議する市民を選び、その上で選挙や推薦などを経て政策決定を行う「くじ引き民主主義」が行われています。また参加型予算は南米を中心にはじまり、日本でも実行されている市民を政策プロセスに含んだ実例です。

本マガジンでは今後もこのような、民主主義とデザインに関する記事を更新していきます。よろしければマガジンのフォローをお願いします。また、その他なにかご一緒に模索していきたい行政・自治体関係者の方がいらっしゃいましたら、お気軽にTwitterのDMまたは下記ホームページからご連絡ください。

Reference

イベント情報

本記事をお読みいただいた建築家の隈太一さんらのイベントで世界の行政府×デジタル市民参加の事例についてお話します。9/20の夜、お時間ありましたらご覧ください。


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