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別府、大阪、東京と心の成れの果て

先日帰省しました。
私の通う大学は別府というものすごく辺鄙な場所に存在するのですが、私が住んでいるのは別府の中の山の上。
辺鄙な別府の中で一番辺鄙な場所で生活をしておりました。

私はそこを密かに監獄と呼んでいました。
そして8/5の昼、30分間ほどバスに揺られ、別府市駅へ、
別府駅から大分空港へ、そして成田空港へ仮釈放へと向かった。

「東京」
何度か行ったことはありますが一人でゆっくり徘徊したのは初めてでした
私が向かったのは東京ジャーミイ。
オスマン様式の美しいモスクです。
高校時代の美術部の後輩がおすすめしてくれた場所です。
渋谷で乗り換えをして電車で行ったのですが、あそこだけ少し私が通う大学ぽさというか、アジア感を感じる異世界でした。壁もシャンデリアも天井もどれも美しい装飾がそこら中に施されていました。
これを東京に建てたのもまた一興です。
そのあと噂のトー横に行ったり、東京現代美術館に行ったりとのらりくらりしました。
日本の都市に足を踏み入れてみましたが日本の自殺率もメンヘラ率も納得がいくような気がしました。人が多いのもトレンドが結集してるのも感じましたが、何より人と人が無関心すぎる気がしたのです。
アドラーの共同体感覚とはよく言ったもので、東京で一人暮らしなんてした日にはそれらとは全く無縁の日々になる気がしました。
都内の人からすればそれもまた日常なのかもしれませんが、なんせ別府からの身ですから余計感じてしまいました。
別府というと、田舎だからかもしれませんが、少し温かさがあります。吉野家で牛丼を買うにしても受付のおばちゃんと世間話をしたり。竹瓦温泉の激アツの湯で一緒になったおじさんと喋ったり。何かと自分の存在意義というか、人を人として扱い合っている実感があります。
別府から上京した人などもう気が狂うと思います。
便利の裏で動いている人がひしめき合っている東京。僕が住むには少し便利すぎるような気がしました。
東京に住んで自分の存在意義を見出せなかったり、機能的に生きる日々にうんざりしたら是非別府の温泉に来てみてください。
ゆっくり湯に浸かり、少し古びた旅館でアドラーの共同体感覚と自省録をたしなんでください。

「大阪」
私の故郷である大阪。住んでいるのは京都府ではありますが、基本大阪で活動してました。
久々に会った友人や家族。周りからすればまだ5ヶ月しか経ってないと感じるでしょうが、異世界に初めて暮らした私には二年ぶりの気分です。
匂いも景色も全てが懐かしく夢のようでした。
現在は母校で総合型対策の講師をしており、さまざまな人と関わりを続けています。
そんな中でもやはり後輩の存在はすごく大きい。
私にとっては人生における必要な人です。
これについてはまた後ほど、

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