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週報『海のまちにくらす』(2022-2023)

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2022年春から大学を休学して東京を離れ、新しい土地で生活をしています。相模湾に面した小さな半島です。ここではじぶんは土地を通過していく観光的旅行者でも、しっかり根をおろした恒久…
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#夏の思い出

海のまちに暮らす vol.32|小さな人をみたことがある

海のまちに暮らす vol.32|小さな人をみたことがある

 8月の真夜中に、友人のKと福浦港まで歩いて行ってみたことがあった。Kとは同い年である。誰もいない真っ暗な下り坂を二人で降りてゆくと、少しずつ水の気配がしてくる。脇の民家にはごく控えめに灯りがある。音のない23時をまっすぐ下へ下へ、サンダルで下る。100メートルほど下ったかもしれない。僕たちは病弱な街灯が瞬く三叉路に出る。「おれ、小人みたことあるよ」とKが言った。

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 Kがまだ幼く、祖父

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海のまちに暮らす vol.29|あまりに大きなマグカップなので

海のまちに暮らす vol.29|あまりに大きなマグカップなので

 実家へ帰るために改札を通過する。真鶴から走り出した東海道線の車列は根府川あたりで広大な海の脇を横切ることになる。ほんの一瞬のあいだ、民家も車道もなく、果てしなく横に長い相模湾が車窓に展開される30秒がある。軋むレールを見下ろすと、線路に敷かれた玉砂利の向こう側にはもう何も存在していなくて、ただただ青い水のたまりが巨大なスクリーンとなって立ちはだかる。

 目を細めると水平線の向こうにかすかに陸の

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海のまちに暮らす vol.24|花が怖い人、エンゼルフィッシュ

海のまちに暮らす vol.24|花が怖い人、エンゼルフィッシュ

 先月はひどく慌ただしくて、いくつかの仕事を抱えて必死に(依頼された)原稿を書き、制作をしていた。それはもう、小さなビート板に大量のバナナをのせて、「一つも落とすなよ!」と注意されながら沖合まで遠泳するような気分でした。おかげでこの連載も一回ぶん休んでしまったわけだけれど、そもそもあまり気負ってやる類のものではないので、僕個人としてはまあ仕方ないかなと考えている。でも出したい時におならを出せない生

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