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見よ、100万部ベストセラーを生んだ20世紀最高の企画書を。伝説の編集者たちはどう生きたのか?

「応援するな、身贔屓するな、友達になるな」の3原則がないジャーナリズムの末路

 不肖・アワジマが作家・編集者の佐山一郎さんの知の海を泳ぎまわり、編集者とは何かを求めて溺れる当コーナー。第2回目(1回目はこちら)は引き続き雑誌の未来について語ってもらうはずが…。

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──で、めでたく2回目の運びとなりました。でも世相は全くもっておめでたくないですね。
 
 今回はパンデミック第7波に洗われ中なのでオンラインでの掛け合い漫才を希望しました。5人に一人の割合で後遺症が残るのが厭なところですね。第6波で亡くなられた方々は1万2千人前後。どういうわけだか東京オリンピックで聖火ランナーをつとめた人たちの数に近かった。
 たしかにこの間、色々なことがありましたね。<#自民党って統一教会なんだな>がTwitterのトレンド入りを果たしたようだけど、その伝でいけば、<#JOCって統一協会=IOCなんだな>なんてタグ付けも可能なのではないかと。協会の協の字が違いますけど(笑)。

書斎でインタビューに応じる佐山さん。

──安倍元首相が暗殺されて不肖・アワジマ、しばらくザワザワしていましたが、一方で何だか現実感も薄くて不思議な感覚です。
 
 動揺と自民中枢の頰被りが収まらないですね。でもぼくの場合はさほどの衝撃でもなかった。政治は恐ろしいものだと常々思っているからで、人の死に鈍感になったからではないです。それよりも自称ジャーナリストたちの最高権力者との距離感が衝撃的でした。リーク依存型取材とは真逆の「応援するな、身贔屓するな、友達になるな」の3原則が全く根づいていないことに対してひたすら驚くばかりです。そんな俗流たちが人寄せパンダとなってあちこちの大学で教授の肩書きと悪くない給料をもらっている。ポスドクたちの憎しみを買うコネ得は負の連鎖ないしは人材の縮小再生産と言うべき悪習で、後々大変なことになるゾと言ったところでもう手遅れなのかもしれない。新自由主義洗脳はすでに完成した感すらあります。
 
──動じないでいられる理由をどう説明されますか。
 
 暴力免疫ということですかね。高校学園闘(紛)争世代のハシクレだったから若い機動隊員や体制派の教師に思いっきり殴られた。文部省にデモをかけるこっちもわるいんだけど(笑)。それで今も左の顎がカクカクしています。この世代のシンボル的存在は一つ上の坂本龍一さんでしょうね。あとは村上龍さん、四方田犬彦、山下達郎などなど。60年代末はまだ傷痍軍人やヤクザ者がいたし、スポーツの現場にも理不尽なしごきがありました。昔は良かったなんてのはウソです。不潔で危険なだけですから。たとえ100万円もらえてもタイムマシンにだけは乗らない方がいい(笑)。
 
──さすがのマエザワさんも勘弁ですかね。
 
 70年代前半から中盤にかけては、同じ大学に殺された元首相が通っていました。スマートだった7年制旧制高校の名残りをとどめる7千人程度の小規模な大学です。彼の周りには、学費の値上げや学生会館の建設計画に敏感だった友人は一人もいなかったはずです。イタ(リア)車で六本木の明治屋の裏にあった自宅から通って麻雀とアーチェリーに打ち込んでおられた。受験とも無縁で付属の小学校からワンキャンパスの学園に16年間も通った。どこが山口4区の人なのか不思議でしょうがない。そういうタイプだからいくらファミリービジネスだったとはいえ、資質的に無理があった。<地盤・看板・鞄>という名の圧倒的環境だけが完備していました。
 政治でもとりわけ国政は利害調整の修羅場です。ヤクザ映画を撮るのが夢だなんて軽々に言えてしまうこと自体が危険だと思っていました。空自の戦闘機に乗った時も妙にご満悦だったでしょう。親族に戦死者がいなくて靖国神社に興味を持ち出したのも政治家を継いでからのことだと野田聖子さんとの対談で能天気に語っています。ただ、会った人には大変感じのいいシティボーイではあった。元々どん百姓を自認していた安倍家にとっては学業成績に問題があったにしても名門森永製菓のご令嬢を娶れたことが快挙で、ついに国内最上層に到達することができた。
 血筋や都会性にコンプレックスを持つ人は山ほどいますから、警察庁、経産、文科省のみならず一筋縄ではいかないメディア関係者までもを個別に籠絡しててっぺんに居続けることができた。好きな外交が彼ら夫婦にとっての息抜きの場に見えました。好きこそ物のなんとかで、西側陣営による「インド太平洋とクアッド(日米豪印)の父」という評価は過大評価じゃないかもしれない。この統一されたビジョンに統一教会が関与していなければよいのですがね(笑)。
 嘘も方便に目覚めなければ、もっと長生きができたと思っています。しかししなやかな強いリーダー像をいくら演じても所詮は心身ともに病弱者。悲しいことに、人間ドラマの伏線は回収されてしまうものなんです。この因果的陰惨テロルではっきりしたんじゃないでしょうか。もう何でも起きてしまう、否、正確には、何でも起こしてしまうのがモラルなきこの国なんです。
 
──同世代ならではの見え方なんですね。
 
 もうここまで老けたら、ジェネレーション観光大歓迎、ほとばしれ、昭和ギャグ! ですよ(笑)。自慢じゃないけど、いまの70歳前後にはご立派な人が多いようです。その代表格がウラジーミル・プーチン。あと習近平や小池百合子先生もそうであられますね。でもフツーにおかしいと思いませんか。いくらなんでも高齢過ぎやしませんか。年寄りが逃れられない郷愁ほど危険なものはないということがウクライナの戦争でますますはっきりしてきたんじゃないでしょうか。美しい街・レニングラード(現・サンクトペテルブルク)に生まれたプーチンも古き良きソビエト連邦スパイ時代への郷愁で侵略戦争を始めました。それが人生最後の仕上げとしてなんだからたまったもんじゃないですね。それで思い出した。介護施設から日銭を稼ぎに行かなきゃならない「人生100年時代構想」会議の議長はどこの誰でしたっけね。
 以上がいわゆる前説、ツカミの類で、ぼちぼち「雑誌に未来はあるか?」の本題に行きますか。これまた郷愁以外は何もなさそうだけど(笑)。

編集者が作家を「さん」付けしたのが没落の始まり?

──参考図書を挙げてもらっているので、解説をお願いします。まずは、『吉本隆明全集【20】1983-1986』(晶文社・2018年)からお願いします。
吉本隆明全集:特設サイト(晶文社)

 少し唐突な選書だったかもしれません。しかも図書館がリクエストに応えられないほど一冊あたりの単価が高い。でもそれは別の話として今は避けます。
 この本での重要な項は「編集者としての安原顯」(p.481~492)です。前回自分を老ホストと謙遜した理由とも関係のある編集者=幇間・芸者説がまず出てきます。それに加えて物書き=旦那衆説もセットで出てきます。両職業間の関係性のせめぎ合いについて考察したものは存外少ないので、大変貴重なテクストになっています。端的に言うと、吉本さんがスーパーな編集者兼ライターだったヤスケンこと安原顯さん(1939-2003)について書いたこの1986年当時は、まだそんなことが言えたんです。
 無名時代から付き合いのあった村上春樹さんの自筆原稿を売っ払ったこともあってヤスケンには毀誉褒貶が付きまといます。同僚編集者だった直木賞作家・村松友視さんによる正確な人物トレースも今となっては希少価値のあるものです。村松さんとは今年4月に小宴会をやりましたが、至ってお元気。ダンディぶりも相変わらずでした。
 ところでアワジマンは作家にさんを付けますか。
 
──不肖アワジマ、そもそも作家と呼ばれる方と仕事をする機会がそれほど多くはないです。ただ、ライターやデザイナーのことを「ライターさん」「デザイナーさん」と呼ぶことはありますね。作家さんに対しては、逆に先生、先生と呼んでへりくだる人が多いような気がします。あっ、いま作家さんと言っちゃいましたね(笑)。
 
 どうも「作家さん」を聞くようになってからが怪しいと睨んでいます。編集者と物書きとの関係性に逆転現象が見られるようになってきた。
 
──幇間・芸者に喩えられた編集者が今や旦那衆となり、物書き側が太鼓持ちや芸者さんになっているということですね。元々編集者は、売れ部数という秘密も握っていますし。 SNSのアクセス数も数の暴力と言われるくらいで、無慈悲に知れ渡ってしまう。昔の作家はもっともっと憧れの職業で、しかも簡単にはなれなかったということでもありますね。
 
 仰ぎ見られるような存在だったんだと思います。アウラが落ちた哀れな立場には「さん」をつけるものです。そこで更なるレファ本として新たに付け加えたくなったのが、伊吹和子さん(1925~2015)の『編集者作法』(日本エディターズスクール出版部・89年)です。伊吹さんは『谷崎潤一郎源氏物語』の原稿口述筆記をきっかけに中央公論社に入った文芸編集者です。ここでは目次にある見出しのいくつかをランダムに挙げるだけにします。読まれてちょっとびっくりされるかもしれません。
 
 ・お茶はくんだほうが良いか
      ──(Ⅱ それでも編集者になりたい人のために     
            7「新入社員のエチケット」より)
 ・服装と身だしなみ(同)
 ・お葬式の受付係(同)
 ・中元とお歳暮(同)
 ・上司に連れられて訪問する
            ──(Ⅲ 編集者の仕事
      1「執筆者を訪問する」より)
 ・他社の人と一緒になったら(同)
 ・重版が出たら(同章5「見本が出来上ったら」より)
 ・書評が出たら(同章6「サイン会、書評 」より)
 ・インタビューについて(同章7「インタビューと座談会」    
             より)
 ・食事をしながらの座談会(同章同項)
 ・戸外の撮影(同章9 撮影」より)
 ・引っ越しの手伝い(同章10「各種の『お手伝い』」より)
 ・災害があった時(同章同項)
 ・貰いものをした時(同章同項)

「ライターは廃棄処分される」予見された未来

──古色蒼然……。省いておられますけど、礼儀・作法や言葉遣い、挨拶、話し方までもが教え示されている!
 
 ジェンダー差別だ、副流煙どれだけ浴びたんだなんて言ったらつまらなくなります。一つだけ言えるのは物書き、編集の双方が慢性的な濃厚接触者であったことです(笑)。記号だけが浮遊しているSNS時代の今とはホント大違い。だけど冷静に考えてみると、継承すべき「編集者作法」も結構あるということですよ。大雑把に言うと、丁寧な仕事ぶりということになるのでしょうかね。まァ、それもこれもが、自己実現が簡単にはなされなかった時代の話です。あまり言われないので言い残しますが、手書きの文字が活字化されることで一変、黒ダイヤのように見える魔術的な時間が物書きの心の支えになっていた。写真だって同じです。酸っぱい臭いのする現像作業中に、印画紙からブワーッと映像が浮かび上がってくる歓び。写真機は高価だし、露出とシャッター速度の関係を常に考えていなくてはならなかった。この辺の写真と雑誌の関係についてはまだ問題化していないゲッティイメージズの独占による弊害とも無関係ではないので、いつかまた語らせて下さい。
 ここで突然だけど、先般惜しくも亡くなられた編集者の島本脩二さんから見せてもらった『日本国憲法』(小学館・1982年)の企画書を公開させていただきます。フラッシュアイデアによる島本氏30代後半当時の奇跡的大ベストセラーと言ってしまえばそれまでですが、手書きならではのなんとも言えない味わいがありますね。改めて島本さんのご冥福をお祈りします。

100万部を超えるベストセラー『日本国憲法』の企画書。憲法は「日本人の価値観を定める唯一の約束」でありながらほとんどの人が読んでいない、というところに着目して、なぜ読まれないのか、なぜ出版すべきなのか、どうすれば読まれるかが簡潔明瞭に説明されている。佐山さんは「島本さんの思い描く小宇宙としての書籍、その1ページ1ページが頭の中に浮かんでくる」と称賛。

 ──佐山さんも参画された雑誌『クリネタ』では「20世紀最高の企画書」と絶賛されていますね。2008年当時で37刷93万部!(その後100万部を突破)。矢沢永吉激論集『成りあがり』の担当編集者でもある方ですね。
 
 そうです。彼もまたダンディズムの人でした。……どうもこの頃、一時代の終わりの予感がしてしょうがない。具体的には70年代末~80年代出自の人たちの職業的終焉期ということでもあって、それは自分かもしれないわけ。
 
──(苦笑)。
 
2008年頃、83歳当時の吉本隆明さんの書斎で、「ライターは廃棄処分される」と半ば警告のように聞かされたけど、卓見の持ち主だったなァと改めて今思います。
 ヨットの古いマストが庭の片隅で日時計になっている姿を歌った、ブレッド&バター岩沢幸矢さんによる好きな楽曲があります。その伝で行けば、かかわってきた雑誌が夕陽を浴びた本棚の動かない置き時計に見えてしょうがない。最初に名前を挙げた坂本龍一さんのご病気が重いということも大きいです。
 
──「ぼくはあと何回、満月を見るだろう」のタイトルでインタビュー連載が始まりましたね。6月発売号の文芸誌『新潮』でした。今出ている号での第2回は「母へのレクイエム」というタイトル。

 聞き手が鈴木正文さんで、口述による自伝『音楽は自由にする』(新潮社・09年)も彼だった。『NAVI』、『ENGINE』、現在の『GQ』と編集長を続けてきたスズキさんのコラム集を作ることになっている割にはほったらかしのままで申し訳ないんだけど、スズキさんと坂本教授は類友ということもあってか、ウマが合っている。推薦図書の最後として、坂本ワンカメさんこと一亀パパの評伝について述べたかったけど、いささか喋りすぎた感もあるので、今回言い忘れたことも含めて、また来月ということにさせて下さい。その際に強調かつ援用したいのは、フランスの社会学者、ピエール・ブルデューの提唱した「文化資本」になると思います。それでは、サヨナラ、サヨナラ、……サヨナラ。またお逢いしましょう。

***

 というわけで『日曜出版劇場』次回に続きます。佐山さんが挙げられた吉本隆明さんがヤスケンさんについて書かれた文章だけではなく、教授のお父上・坂本一亀さんの評伝も大変面白そうです。伝説の編集者なので、伝説になりたい人はもちろん、そうでなくても、編集者としてどう生きるか、というところで大いに刺激になること間違いなし。不肖アワジマも再度夏の課題図書とします。 

オンライン取材中に佐山さんの愛猫ガッティーノくんが乱入

佐山一郎(さやま・いちろう)
作家・編集者。1953 年 東京生まれ。成蹊大学文学部文化学科卒業。『スタジオボイス』編集長を経てフリーに。2014年よりサッカー本大賞選選考委員。著書に『東京ファッション・ビート』(新潮文庫)『「私立」の仕事』(筑摩書房)、『闘技場の人』(河出書房新社)、『雑誌的人間』(リトルモア)、『VANから遠く離れて──評伝石津謙介』(岩波書店)、『夢想するサッカー狂の書斎 ぼくの採点表から』(カンゼン)、『日本サッカー辛航紀 ──愛と憎しみの100年史──』(光文社新書)など。

文/アワジマ(ン)
出版社編集者。淡路島生まれ。陸(おか)サーファー歴22年(前回で陸歴20年としておりましたが誤りでした。訂正します)のベテラン。ペンネームは「アワジマン」なのですが佐山さんが「アワジマ」のほうが良いというので今回に限り「アワジマ」にしています。

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