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長い夜を歩くということ

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【この夜はまだ明けない。まだ、明けて欲しくない。】 「雨は朝でも昼でもなく、夜に降るものが一番好きだ。なぜなら夜の雨は黒く、家や街すらも塗りつぶし忘れさせてくれる。そんな気がす…
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2022年1月の記事一覧

長い夜を歩くということ 47

 濃い花々の色が太陽に対抗して揺れていた。 私は川岸のブーゲンビリアを見上げ歩いていた。…

しゅん
2年前
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長い夜を歩くということ 48

 遊歩路に上がると、激しい日光が待ち侘びていた言わんばかりに私の肌を焼いた。 手の甲には…

しゅん
2年前
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長い夜を歩くということ 49

 橋を渡り切り、少し坂を登って右に曲がると、古き良き木造建築の平家が背を合わせて並んでい…

しゅん
2年前
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長い夜を歩くということ 50

 言葉に甘えて座敷に上がると、首振り式の扇風機を自分の方に向けた。 窓からは海が見渡せた…

しゅん
2年前
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長い夜を歩くということ 51

 おばあさんを見ると、私に背を向けて扇風機の風を浴びて、何をするでもなくテレビを見ていた…

しゅん
2年前
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長い夜を歩くということ 52

 熱海港から初島行きの高速船に乗り込み、私はすぐに展望デッキに上がった。 高速船はゆっく…

しゅん
2年前
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長い夜を歩くということ 53

 歩きながら景色を眺める。 右を向くと厚く尖った葉の多肉植物が、私の肌を刺すほどの威圧で力強く四方に伸びている。 たった三十分で国を超えてしまったっかと思うほどにこの場所は南国だった。 松は岩場を飲み込むように幹を伸ばし、針の葉を自己主張するように空中に突き立てていた。 海岸には神様が遊びっぱなしで帰ったように、無骨な岩が無造作に転がっていた。 病院の白しか見てこなかったこの十数年間のおかげか、形も色も歪に変わるこの場所は、私に疲れを感じさせる暇を与えなかった。

長い夜を歩くということ 54

 人間とは違い、太陽光を懸命に求める樹々は、病院内での派閥のように音を立てず、バレないよ…

しゅん
2年前

長い夜を歩くということ 55

 麦穂のように金色に染まった満月が部屋の庭にゆっくりと光を降ろしていた。 霧雨がかかるよ…

しゅん
2年前

長い夜を歩くということ 56

 遠くに見ていたはずの満月に私は降り立った。 そう思った。 しかし、そこは満月であっても…

しゅん
2年前
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長い夜を歩くということ 57

「あの、この夕食は神山さんがご準備していただいたものでしょうか?」 私は神山さんに恐る恐…

しゅん
2年前

長い夜を歩くということ 58

 蚊取り線香の煙が、風で繊細に揺れながら天井に伸びていく。 肌を拭くように撫でる夜風の涼…

しゅん
2年前
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長い夜を歩くということ 59

「杏奈が…」 神山さんを見ると、月に視線を固定したまま口を動かしていた。 その言葉はきっ…

しゅん
2年前
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長い夜を歩くということ 60

 「ねえ、今日はどうだった?」 この質問をされる度に彼は少しずつ自分の口が達者になっていくことを感じていた。 「良い曲だったね。また雰囲気の違う歌い方で。杏奈は大人っぽく歌えるんだと感心したよ」 彼女は彼の感想などまるで入らず上の空で、BGMにすらならないと言わんばかりだった。カウンター奥の酒瓶に向けた顔は全く動かない。 「どうしたんだい杏奈?ぼうっとして。いつもなら、とりあえず言葉で殴りかかってくるか本当に殴りかかってくるかなのに。今日は黙ってしまって。昨日変なもの