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長い夜を歩くということ 52

 熱海港から初島行きの高速船に乗り込み、私はすぐに展望デッキに上がった。

高速船はゆっくりと港を離れ、人が歩くことのできないその場所を、大きな布にハサミを入れていくように小さな波を作って進んでいく。

私は何もしていないはずなのに、その力強い船先に導かれ、追いかけているような錯覚を覚えた。

体に絡み流れる潮風にポロシャツの裾は旗のように揺れる。

振り向くと遠く反対側に富士山が見えた。それは海の上に立つ城のように悠然と聳え、私の背中を押してくれていた。

 初島に着き、三十分ぶりに固まった地面に降り立つと、足には揺れる惰性が違和感として残った。

来たは良いものの何があるのかは調べておらず、私は何か別の導きを求めて辺りを見回した。

汚れた案内板に書かれた周遊路という文字が、はっきりと私には映り、指し示す先に歩いた。

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