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長い夜を歩くということ 57

「あの、この夕食は神山さんがご準備していただいたものでしょうか?」

私は神山さんに恐る恐る問い、視線を上げた。
「まさか。私は魚をさばくことはおろか、炒め物ですらまともに作れなかった男ですよ?」

神山さんは冗談を言う時、誘うように首を前に出す。彼のおどけた姿が、いろんな苦難を超えたからこそ得られた冗談だと知ると感慨深く、彼の笑顔でできる一つ一つの皺がより深く刻まれて見えた。

「いえ、そういうことではなく、私の夕食にしては少し豪華すぎて、予想をはるかに超えるものでしたので」

ここで何か気の利いたことでも言えたら良いのだけれど、私はそこは不器用で、会食もなるべく避けててきたものだから、本気で言えるようなこのタイミングで逃してしまう。

こういう類の後悔は初めてで、これが最後の後悔であれば良いと思った。

「老ぼれの話に付き合ってもらうんだ。これくらいのことはさせてもバチは当たらんよ。塩尻くん」

神山さんは台所に向かい「日本酒は飲めるかい?」と振り向いた。

私は「はい」と答えて反射的に立ち上がった。

そのまま「お酒とコップは私が持って行きます」と駆け寄ると神山さんはにっこりと微笑み「悪いね」と言葉をかけた。

子供の頃に母に頭を撫でられた時のように私の胸は暖かく緩んだ。

この言葉も私は素直に受け取ることにした。

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