悪夢日記 六 『呪い』
バスツアーに参加していた。
私は霊的能力、祓う力を持っていた。ツアーの最後に高尚な神社に行くというので、楽しみにしていた。
バスは森の奥地に入っていく。道幅は細くなっていくばかり。神聖さは隠される。そういったところだろうか。それならば、バスツアーなんておかしい話だけれど。
神社に着いた。赤く塗られていない木の鳥居が構えられており、小さな社が奥に見えた。全体的に空間が灰色に感じる。鳥居の前で一礼、中央を歩かないように参道を進む。どうも雰囲気が妖しい。水の流れていない手水舎を横目に、それは神聖さなのか畏怖なのか、神社そのものの空気を苦しく感じていた。
寂れた拝殿の前、中を覗くと神鏡が置かれるはずの場所には歪な形をした黒い石があった。その脇には黒い牌がふたつ。——忌まられるべき祀られ方だ。これはその土地の神を祟り神へと変える手順である。私たちは贄のために呼ばれたのだ。
祭壇の左側、祈祷をする神主がゆっくりと振り返る。その顔には白い布がかけられており、表情は見えない。
「そうか、そうなのか。気づいたか。ならばお前に呪いをかけよう」
なにか工場の金属音のような響きが社、木々を揺らし始めた。それは叫び声のように思える。
「悪霊が近づくほど、お前の五感、そして霊感は失われる」
その言葉を聞いた瞬間、視界がぼやけ、幣の擦れる音や響く悪霊の叫び声が不明瞭になった。近くにいる。逃げなくては。
走り出した。足が重い。どうか、どうか。
山道を下る。後ろで木々が軋み、そして倒れる音がする。金属音が追ってきている。逃げろ、逃げろ。足がもつれる。一瞬視界が暗くなった。コンクリートを蹴る足が宙に浮く感覚がした。近い、怖い。すぐそばにいる。
もうだめだ。殺される。終わりだ。
逃げるのは無理だ、身を隠そう。霊感、つまり霊力が失われるのなら、霊的能力による逆探知もできなくなるはず。舗装された道から道路脇の山に分け入る。大きな木の根が入り組む影で身を潜めることにした。
木々の折られる音、そして叫び声が小さくなっていく。視界も暗く、ほとんど見えない。
すべてのものが遠くなっていく。
ついに何も感じなくなった。見えない、音もしない、自分が座っているのか、立っているのかも分からない。ただ暗い空間に浮いている。
——夢であった。
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