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悪夢日記 八 『美しい頭蓋骨』
女の人と田舎道を歩いていた。横に並ぶのではなく彼女は前を行き、私の手を引いていた。
およそ175センチの私の身長よりも背が高く、肩を越すくらいの艶やかな黒髪、袖のない服から伸びる白く細い腕、香る甘さが刺激した。
舗装されていない道の上、私たちは話もせず歩いていた。日は高く、青い空と白く千切られた雲、遠くに見える山々は静かに、鳥はさえずり、木々は風に揺れている。穏やかなこの時間に幸せを見つけた。
遠くに見えていた古びた小屋、いや小屋と呼ぶには大きいけれど、厩舎くらいだろうか、その建物が近づいていた。そうだ、私はここに連れてこられたんだ。
伝わる彼女の手の冷たさを心地良く感じていた。夏の日である。
建物内はほとんど木の枠組みしか残っておらず、土壁が少しだけ、屋根は半分以上崩れて空が見えていた。
ぱきっ
と、後ろで物音がした。振り返ると、白い着物を着た、髪の長い、そして顔のない人が立っていた。目、鼻、口、全てが無いのだ。ただ皮膚が貼られている頭。それは小屋の入り口の横から上半身だけを覗かせている。傾けた頭から流れる黒髪が気持ち悪かった。
ふっ、とそれは消えた。
手よりも冷たい感触が背中を伝う。
「大丈夫、気にしないで」
女の人は私にそう言った。一層きつく手を結んだ。
小屋は縦に長く、出口に向けて、ぱきり、ぱきり、と木を足で踏み割りながら黒ずんだ小屋を抜けていく。壁があったであろう枠組みの向こうに夏の景色が見える。
繋いだ手は冷たいまま、暑さは体を蝕む。
私の前を行く美しい人。汗の雫ひとつない細い腕を目で辿っていく。短い言葉であったけれど、大丈夫気にしないで、鈴が微かに鳴るような優しい声。
どさり
彼女が突然に倒れた。絡んだ指につられて私も体勢を崩し、覆い重なってしまった。顔が近くて慌てて目をそらす。
大丈夫、と私が問うと、彼女は体をひねり仰向けになって
「ごめんね、もうだめみたい」
笑いながら、それから
「こっち向いて」
と。
私は恐る恐る目を向ける。
柔らかい微笑み。今まで後姿しか見られなかったけれど、深い黒色の目に長いまつげ、細い鼻筋、白い肌に映える色づく唇、こんなにも美しい人がいるんだ。私は何も言えなかった。見蕩れていた。
彼女は二の腕へとゆっくり指先を這わせて、耳を触り、ピアスを揺らし、その手を自身の胸の上に置いて
「私を抱きしめて」
ひどく消えそうな声で呟いて、目を閉じた。
膝をついたまま上半身だけを起こし、倒れる彼女を肩から抱え、頭を支えて私の胸に押し当てた。
私は頭蓋骨を抱いていた。
膝の上や床には骨が散らばっている。
——夢であった。
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