自由連想 #1 『空』

  空を知らない少年がいた。私は彼に空を教えてあげたかった。


 海というものがあるでしょう。広くて、青くて、深い、この世のすべての命がもしかしたらそこから始まったかもしれない、と思わせるくらい優しい海。その海が上にあるんだ。

「上?」

 うん、上。

「地面の続きにある海が、それが上にあるの?」

 そう、見上げるとそこに海がある。高いところにあるものを取ろうとするとき、背の高いお父さんの顔を見るとき、悲しくて悲しくて喘いだとき、そんなふうになにかを望むみたいに、上を見ると海があるんだ。

「ふふ、重力で水が落ちてきそう」

 あ、実際に水があるわけじゃないの。ただとても海と空は似ているという話。例えばね、砂浜に押し寄せる白い波を思い出して。その白い波が空にあると「雲」っていう名前になる。波にも高さや激しさに差があるように、雲にもいろんな形があるの。海岸の巻雲、水しぶきの積巻雲、人のいない静かな砂浜の巻層雲、船の通り道の層積雲、高波の積乱雲。

「へえ」

 大きな雲がくじらに見えることもある。たくさんの羊や、珈琲の注いだミルクみたいに細い線になることだって。もし、そのくじらがその雄大な尾ひれで海面を叩いたらどうなると思う?

「……水しぶきがあがる?」

 その水しぶきのことを空では「雨」って言って、遠く、見えないほど高いところから、この地に降り注ぐんだ。で、もちろん、雨にも沢山の種類と名前があってね。

「にぎやかなんだね。空って」

 空を眺めるのって楽しいの。二度、同じ色の空を見ることはない。すべてはその時だけの宝石なのよ。鮮烈な赤も、朱色、薄桃色、南の浅瀬色や、緩やかな川の青、北の荒れた深い海の闇色だって。気まぐれな恋人のようなものね。空に私たちは生活を左右されるけれど、嫌えないのよ、嫌うには美しすぎるから。どうしても愛さずにはいられない。空の、その美しさを享受するために生きている。あとは惰性。それとね、考えが渦を巻いて眠れない夜だって、空を見れば少しは明るい気持ちになれると思う。

「夜になると空はどうなるの」

 夜にはね、たくさんの光る魚が空を泳いでいるの。その光る魚を「星」っていうんだ。

「夜光虫」

 まあ、夜光虫っていう表現が的確なのだろうけれど、光る魚のほうが童話的で可愛いからこう言わせて。そう、光る魚が泳いでるのよ、空には。その魚、星にはひとつひとつに違う名前がついていて、魚群は「星座」なんて呼ばれて、それら星座に因んだお話が作られていたりする。光り、瞬きあってお喋りをしている星たち、旅人の道標になって優しく見守ってくれる星座、楽しいのよ、夜の空は。

「夜は寂しいよ」

 始めは大変だけどね、星や星座の名前覚えるとそんな夜も寂しくなくなるよ。遠くに住む友人みたいな感じかな。

「ふーん」

 あ、そう。夜空には人が住んでるの。

「え?」

 笑わないで。きっと、きっとどこかにいる。それで「月」っていう船に乗って旅をしている。その人たちは多分、漁師ね。星を捕まえる漁師。だから大漁の時には船にたくさんの魚を乗せるから月が丸くなるし、大時化の時には漁にでないこともある。漁師がいない日は、星たちがいつも以上にはしゃいでいるみたいに見える。

「よく分からないけど、空が好き、ってことは伝わってきたよ」

 そう? まあ、私が好きだから、あなたにも知ってほしいのかもね。空の美しさはね、な

「ねえ、わざと言ってるでしょう」

 え? 

「あのね」

「僕には目がない」

「色を知らない。夜光虫も、魚も、珈琲も羊もくじらも波もお父さんの顔も」

「見たことがない」

「海だって」

「すべて言葉だけ、概念として、夜光虫は光る海洋性プランクトンの一種である、みたいに、そういうものがあるということだけを知ってる。形も自分で勝手に想像しているから、本当に合っているかは分からない」

「水に触れたことはある。この世界には重力っていうものがあって、人が地を歩いている理由も知ってる。だけど、くじらの尾ひれが海面を叩いて水しぶきがあがるところも、珈琲に注がれたミルクのつくる一葉も、カップを持ち損ねて、手から離れて、それから、それが割れるところも見たことがない」



 私は彼のことが好きだったようだ。




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