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悪夢日記 一 『西洋の巫女』

 西洋の巫女になっていた。齢は若く、十七、八くらいだろうか。

 私の家系は代々、神官をしているのだが、衰退の一途を辿り、きっと私が最後の代になるのだろう、と悟っていた。

 とても俗世界に興味があった。こっそりと教会、神殿、お城なのか、とにかく西洋の造りをした建物を抜け出して、街へ行き、そこで暮らす人を眺めるというのが好きなのだ。

 ある日、お告げがきた。いや、呪いの言葉が聞こえてきた。

 神託をうける荘厳な聖堂の広間、中央には像が置かれている。その像が何を模しているのかが分からない。白く汚れのない大理石でできているのだが、歪な形で曲線を描いたり、あるいは鋭角であり、何か動物のように顔があることは分かるのだが、妙に気味が悪い像だったことばかりを覚えている。

 そう、その像から呪詛の言葉が聞こえてくる。とても低い声だった。言葉を発しているのだが、聞き取ることはできない。だが、言葉が分からずとも、このひとときに人類が始まってから終わるまでのすべての悪意がこの像に当てられている、と錯覚するほど確かな憎悪を感じるのだ。

 私は一生懸命に祈った。黄鉄鉱、もしくは方解石のような石を胸に抱えて、ひざまずき、うずくまり、硬い石が手に食い込んで痛いほどに祈った。その石は俗世界を象徴するものだった。

 ふたりの兄が心配していたが、彼らは神官ではないようなので、ただ私をみているだけだった。

 怖い母が話しかけてきた。私は母に、俗世界に対する興味を秘密にしていた。

「その石は俗世界のものです。こちらに変えなさい」

 母はそう言って薄桃色のローズクォーツを差し出してきた。それは巫女の、若い、乙女巫女の象徴らしい。均一に丸くなるよう加工が施されていた。

 可視化できるほどの悪意の言葉が苦しく、もう俗世界だとか神秘世界だとか、どうでもよかったので、すぐにローズクォーツに持ち変え、さらに強く強く手で包み、脳に血が行き渡り、血管が破れてしまうのではないか、と言うほどの祈りを捧げた。

 祈りが名も知らない神に届いたのか、呪詛は次第に消えていき、遠く小さな囁きになっていた。落ち着き取り戻し、聖堂の中には高くにある窓硝子から光が差し、大理石の床の上で静かに揺れていた。私はただ、放心し、その光を泳ぐ魚を見るかのように眺めていた。

 突然、小さかった声がはっきりとした口調でこう言った。

「目を瞑って、お前の左手で、どれでもいい、花束からひとつ花を抜き取ってごらん、おもしろいことが起こるよ」




 ——夢であった。




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