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【ホラー連載】 ココカラダシテ 第八顔

これまでのできごと
・ 2019年7月23日 19:11
 陳野洋平は嘔吐した。
・ 2019年7月19日 22:25 水原恵は失踪した。
・ 2019年7月23日 21:18 角田雅彦はタクシー運転手だ。
・ 2004年8月8日 20時頃 宮司東太は姿を消した。
・ 2019年7月23日 22:34
 夏野美咲は死んだ。
・ 2019年7月24日 02:38 エミリはいなかった。

 そして……?

 ほんと酷い夢だったなぁ……。

 洋平は目をつむり、再び微睡みの中へと落ちていく。果たして、どこからどこまでが夢だったのだろう。ぼんやりと、そんなことを思った。

 生きている。

 これはすべて夢で、目を覚ませば美咲も、誰も彼もが生きている。

 消えてなくなる。

 これはすべて夢で、目を覚ませばあの不気味な顔も、何もかもが消えてなくなる。

 戻ってくる。

 目を覚ませば、またいつもの日常が、背伸びばかりをして無理をしていた、あの、日常が戻って……。

「夢ではない」

 その言葉に洋平はウッと呻いて震えた。男だ。俺を見下ろしていた、あの男の言葉……。

「これは現実だ。お前にとってあまりにも残酷だが……この状況こそが現実だ」

 洋平はただ、ブルブルと震えた。聞きたくない言葉だった。絶対に……信じたくない。

 現実だって? じゃあ俺はいったいなんなんだ? 人面瘤だって? はは……ふざけんなよ……。俺の人生って……俺が今まで見てきたもの、体験してきたもの、俺が感じてきたもの、俺が生きてきた時間。あれはすべて……すべて……すべて……すべてすべて。

 すべて。

 あぁ、そうか。

 洋平の中でパズルのピースが嵌っていく。そうだ。そうだよな。おかしいと思っていたんだ。

 俺は……父親の名前すら知らない。母親の名前も知らない。記憶はマダラで、すべてが断片的だ。世界について知らない。自分が生きている日常の外を、まるで想像することができない。世界の全体像を描けない。

 ぶつ切りで、狭くて、曖昧で、朧げで、ごくわずかな時間しか存在しない記憶の断片。世界。それが俺の世界。

 俺の、世界。

 洋平は目を開けた。

 暗黒の空が見えた。紫色に蠢く何かが見えた。そして、洋平を見下ろす男が見えた。その体は薄水色の輝きに包まれている。すべてが、涙で滲んで見えた。

「俺、俺……」

「嘆くな」

 男は遮るように言った。

「お前が、暗闇の中で掴んだものを思い出せ」

 洋平は、ハッと大きく目を見開いた。

「俺は知っている……お前の弱さを。お前とともに、ずっと悪夢を見続けてきた。だから、お前のどうしようもない弱さを知っている。しかし……」

 男の蒼く輝く眼差しが、力強く洋平を見つめていた。

「俺は知っている。それでもなお、暗闇の中でもがき続けて光を掴み取った、お前の強さを……俺は、知っている」

 洋平の脳裏に……闇の中に浮かぶ美咲の笑顔が蘇った。

「お前が掴み取った光を誇れ。そして、お前が望む自分自身を、お前自身が望む結末を……掴み取れ」

「……!」

 洋平は感じていた。なぜだかわからない。でも何か、熱い何かが込み上げてくる。

「これは残酷な現実だ」

 男の手が、そっと優しく洋平を掴んだ。

「だが、だからこそ救いもある」

 男は洋平を持ち上げた。「え」そして、自分の左腕に洋平を貼り付けた。「あ……?」洋平は男の輝きに包まれていく。どこか、優しい輝きだった。

 ……そして、視界が共有された。

「これって……!」

 肉だ。肉だ。肉だ。広がっている。昏い空の下、紫に蠢く肉の大地が広がっている。煮詰めた腐臭のごとき臭いが立ち込め、地平に連なる肉の山並みは、ビクビクと、のたうつように震えている。

 この光景は……記憶にある。さ迷い続けた悪夢の中で、確かに見た光景が、ここにはある。

「地球だ」
「え……?」
「これは奴らによって浸食された地球。奴らの眷属によって、埋め尽くされた地球だ」
「え、え? 奴ら……奴らって……え? いったい何がどうなって」

 ぐるぐると様々な思いが駆け巡った。奴らって? この人は何者? ここが地球だって? 美咲は、美咲は……? そもそも俺は、大丈夫なのか……?

 頭が……いや、全身が割れそうだった。

「説明は後だ。来るぞ!」

 男は……駆けだした! その刹那、肉の大地から幾筋もの触手が湧きあがった。その触手の表面。ボコボコと顔のような何かが浮かび上がっていく。

「ギャー!」洋平は叫んだ。ビュルンビュルン。残像を伴うほどの速度で触手たちはしなり、揺らめき、そして洋平たちに向かって、弾けた鞭のように殺到した!

 その時……(あ……)洋平は感じていた。流れ込んでくる。男の思考が。その誇りが。その矜持が。その、強靭な意思が。そして理解した。(……!)

 男の、圧倒的な力を。

 空中に幾つもの蒼き十字が刻まれた。それは男の力。男が放つ、蒼き十字の輝きだ。昏い世界が刹那、光に包まれた。洋平は見た。輝きは触手たちを切り刻む。そして、次々と爆散せしめていく!

「すげぇッ!」
「俺はココカ・ラ・ダスティ」

 男の思考が流れ込んでくる。戦士。宇宙を駆ける戦士。ココカ・ラ・ダスティ。宇宙悪魔を倒す者。輝く銀河が、暗黒の渦が、凄まじい星の爆発が……様々な光景が洋平の脳裏を横切っていった。

「お前とともに悪夢を見続けてきた。だが……」

 男は跳躍した。その体の輝きが、昏い世界に一条の軌跡を描いていく。


「だがそれも、これで終わりだ」

 


ココカラダシテ_第八顔(1)

ココカラダシテ_第八顔(2)

ココカラダシテ_第八顔(3)


「行くぞ、ヨウヘイ!
奴らを倒すには、お前の力が必要だ!」

 

ココカ・ラ・ダスティ(1)

ココカ・ラ・ダスティ(5)

ココカ・ラ・ダスティ(3)

宇宙を駆ける戦士
ココカ・ラ・ダスティ

地球篇
『討伐ミッション3:宇宙悪魔エ=ミリを殲滅せよ』

 

「俺? 俺の力?」

 洋平は凄まじい速度で展開される視界に、輝きに、そして爆散していく肉の触手たちに目を回しながら、呻いていた。

「……見ろ」
「あ……!?」

 猛烈な勢いで流れていく視界の中で、砕け散る触手の中から人間が……微睡むように眠る人々が、ダスティの放つ輝きに包まれて浮かび上がっていく。

「あれは、地球人だ」
「……!」
「地球に住む人々にとって、すべての始まりは奇顔病と呼ばれる些細な病だった」
「奇顔病……!」

 洋平は息を呑んだ。再び跳躍。回転する視界の中、殺到する肉触手たちが見える。

「だが、人々が気づいた時にはすでに手遅れだった」

 ダスティは手をかざす。弾丸のような蒼い十字光が、大地を埋め尽くしていく!

「不気味な顔が、肉が、あっと言う間に地球と、そこに暮らす人々を飲み込んでいった」
「それが……」
「そうだ。その結果がこの光景だ」

 着地。その背後で凄まじい爆発が光となって、大気を鳴動させた。

「奴らは知的生命体の恐怖を好む。人々を取り込み、終わらぬ悪夢を見せ続ける」

 ダスティは回転。まるで二丁拳銃を放つように、青い閃光を走らせる。

「奴らって!?」
「宇宙悪魔だ。七十二の宇宙悪魔が一柱。エ=ミリとその眷属たち」
「!」

 エ=ミリ……。
 エ、ミリ……。
 エミリ……!

「俺が降り立った時、地球はすでに奴らの手に落ちていた。俺は戦った。しかし……地球の知的生命体、そのすべての恐怖を吸い上げ、奴らは強大化していた。俺は敗れた。そして、俺の顔には……奇顔病の人面瘤が取り憑いた」
「もしかして、それが……」
「お前だ」
「えー!?」

 洋平の視界が目まぐるしく回転する! 洋平の思考もぐるぐると回転する!

「ちょ、ちょっと待って」

 洋平は戸惑った。

「理解が追いつかない……結局、俺は何なんだ!?」
「奴らの眷属だ」

 ガーン!

「しかし……」

 ダスティはわずかに口角を上げて笑った。

「俺の力を吸い上げ、俺とともに悪夢を見続ける中で……フッ、お前という自我が、ツラノヨウヘイという自己認識が芽生えてしまったようだな。エ=ミリにとっても計算外だったはずだ。ヨウヘイ。お前はイレギュラーな存在というわけだ」

 おいおいおい、なんだそりゃ……。
 衝撃的すぎる……俺、怪物じゃん……。
 ようするに化け物じゃん……。
 終わった……すべてが終わった……。
 最悪……。

 しかし……。

 これで、すべてがクリアになった。すべてが終わり、これから始まる。洋平は、いっそ清々しいなぁとさえ感じ始めていた。

 まあしゃあないな!

 開き直りこそが、洋平の短い人生で得た教訓なのだ。

「……うし!」

 洋平は気合を入れた。とりあえず生きている。だから、生きよう! そうと決めた。ただそれでもなお、洋平には気がかりなことがある。

「じゃあ美咲は、水原課長は……皆は!?」
「実在する地球人だ。そして、今も生きている」
「!」
「奴らがつくりだした悪夢の中を、さ迷い続けているはずだ」
「そんな……!」

 でも……生きているんだ。美咲は生きている。まだ、生きているのだ!

「助けなきゃ……助けるんだ……!」
「そうだな」

 なおも殺到する肉触手の中をダスティは駆け抜ける。その疾走に従うように次々と閃光が煌めく。輝きは連鎖するように爆発していく。

「俺とお前が、救い出す」
「え?」

 再び両手を広げ、回転跳躍。無数の輝きが周囲に広がり、炸裂する。

「俺?」
「そうだとも……見ろ!」

 着地したダスティが見上げた先。黒雲が渦巻き、大地から肉が沸き立ち、空に、巨大な何かを形成していく。「げ、げげげ!?」洋平は腰を抜かさんばかりに……腰はないが……驚いた。

 それは顔だった。空を埋め尽くす無数の顔。そしてその無数の顔が形作るのは、巨大な……どこか非人間的な女の顔だ。

「エ=ミリだ。フッ、地球人の恐怖を取り込み続けた結果が、あの顔というわけだ……」
「あわわわ。ヤ、ヤベェ……! なんだあれ。勝てるの!? あんなのに勝てるの!? 無理なのでわ!?」
「勝てない」
「えー!?」
「俺一人の力では、勝てない。言ったはずだ、ヨウヘイ。お前の力が必要だと」
「俺の力……」

 ダスティは速度を上げた。地上に迫りくる、おぞましきエ=ミリへと向かって!

「ナツノミサキやミズハラメグミ……悪夢の中に、なぜ実在する人々が出てきたのか。わかるか?」
「……?」
「エ=ミリとその眷属たちはすべて繋がっている。知的生命体を取り込み、肥大化していく群生命体。それが、奴らの正体だ」

 洋平は意味がわからず首を傾げようとしたが、傾げる首が無かった。

「奴らの中で、人々の心は混じり合い、互いの悪夢を増幅していく」
「あ。だから……!」
「そうだ、お前とナツノミサキは出会った」

 おおお。悪夢の……奇跡じゃん……!

「そして、それこそが奴らの弱点でもある」
「弱点……」
「ヨウヘイ。その弱点とは、お前だ」
「へ?」
「お前は奴らと、繋がることができる」

 ダスティの瞳が輝きを増していく。

「俺は今から、エ=ミリの核へと突入する! そこに俺の全力を叩きこむ。それと同時に……お前の掴んだ光を、希望を叩きこめ、ヨウヘイ! 恐怖を反転させて、人々を悪夢から解放するんだ……そうすれば……奴らを倒せる!」

 ダスティは洋平を見つめた。

「お前がやるんだ、ヨウヘイ」

 ええええ……いきなり過ぎる。そんなことを急に言われても……。洋平は目をつむった。

 美咲の笑顔が浮かんだ。そして短い人生の中で感じた、優しい温もりを再び思い出していく。

 目を、開く。

「……俺、できるかな」
「五分五分、といったところだな」
「はは……なんか失敗しそう」
「だが、やるしかあるまい」

 洋平は唾を飲み込んだ。
 そして……覚悟を決めた。

「よし! やってやる。やるしかねーじゃん! やってやろうじゃんか! やってみせるぜ!」

 美咲!

「よくぞ言った!」

 頭上。巨大な顔が、エ=ミリが不気味な唸りを上げ、迫りつつあった。「行くぞヨウヘイ」ダスティの体から爆発的な力が湧きあがる!

「ここからは、俺も本気だ」

 その全身が凄まじい輝きに包まれる。そして跳躍。音を置き去りにして、暗黒の世界を、鮮烈なる蒼き閃光が貫いていく!

 それはまさしく……。


蒼き流星!



 

「はあー」

 カフェのオープンテラスで頬杖をつきながら、夏野美咲はため息をついていた。青空の下。秋の風が優しく髪をなびかせている。

「で? なに悩んでんの」

 対面に座る水原恵は、つっけんどんに尋ねた。相変わらずだな、と美咲は苦笑する。

「恵おばさん、相変わらず圧が強いね」
「おばさん言うな」

 美咲はもう一度、ため息をついた。

「親戚なんだからさ。おばさんでいいじゃん。めんどくさいなー」
「そうもいかん」
「はいはい」

 恵みは促す。「で?」

 んー、と美咲は首を傾げた。アイスコーヒーのストローをくるくると回す。からからと氷の音がした。

「なんかね、よくわかんないんだよね」
「なにそれ」
「なんかさあ……。大事な何かを忘れてる。そんな感じが、ずっとしてるんだよね……」

 そんな二人を、ビルの上から見下ろす男がいた。

「美咲……」

 男の……ダスティの左腕で、洋平は嗚咽を繰り返す。

「生きてる……本当に生ぎでいる……良がっだ……良がっだぁ……」

 ダスティは微笑んだ。

「お前だ。お前が成し遂げたんだ」

 二人の眼前には静かな街並み広がっている。平和だった。その中で人々は笑い、泣き……どうということもない日常を、今も生きているのだ。

「お前がやったんだ。お前が彼女を……地球を救ったんだ、ヨウヘイ」
「良がっだ……本当に良がっだ……! うおおぉぉーん!」

 洋平は……号泣した。
 ダスティは顔を上げ、青空を見つめる。

「ではそろそろ……行くか」

 その瞬間、秋風が吹き渡り、美咲は空を見上げた。

「あれ……?」

 雲ひとつない青空を空よりも蒼い何かが、きらきらと煌めきながら昇っていく。恵が驚いたように声をかけた。

「んん? どうしたのあんた」
「なんだろな……なんだかよくわからないけど、わたし……」

 美咲の瞳から、ポトリと涙が零れ落ちた。
 青い空がにじんで、ぼやけていく。

「なんだか、寂しいよ」

 涼しげな秋の風だけを残して、にじんだ空に溶け込むように、蒼い輝きは消えていった。

 ココカ・ラ・ダスティと洋平。
 宇宙を駆ける二人の戦士たち。
 彼らの戦いは、これからも続いていく。

【fin.】





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