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読書ログ|今まで夢を追いかけてくれてありがとう、なんて言われたら泣いてしまうような人たちへ|火花:又吉直樹

幼い頃からたくさんのなりたいものがあった。

漫画家、声優、役者……。

口にすれば、すべて「夢」と呼ぶに相応しい、キラキラした現実味のない音が反響することは、子どもながらに気がついていた。

だってみんなが憧れていた。みんなが憧れているものは、競争率がすごく高い。そしてクラスという狭い狭い世界でさえ、わたしはなにも一番にはなれなかったのだ。

たった十数人しかいない田舎の小学校で「クラスで絵が上手な人ランキング」万年二位の立場からみる夢は、あまりにふわふわしていて、布団の中みたいに気持ちがよかった。

(そのあと中学で『バクマン。』(原作・大場つぐみ、作画・小畑健)という漫画家志望の少年たちの血の滲むような奮闘を描いた漫画を読んで、漫画家の世界の過酷さにあっさりと心が折れたのだった。あれは漫画家志望殺しの漫画だよ、すごいよ、漫画家。)

高校生ではアニメに触れて、単純思考のわたしは声優という職業に強烈に憧れた。

声ってのは順位付けが難しい。だから身の程を知る機会がなくって、オーディションを受けて養成所に通うところまで挑戦することができた。

声質どうこうより、人前で歌ったり自己アピールしたり、自分で自分を売り込むってことが恥ずかしくて難しかった。

そして目立ちたいと思っている人たちの中で目立とうとしなければならないことの苦しさ。

例えると、生き延びるために親鳥からエサを貰おうといっぱいいっぱい首を伸ばして鳴き喚く雛鳥の巣にいる一番弱い個体のような・・・。

最後は不登校気味になり、辞めた。

しかし大学では性懲りもなく演劇部に入部した。養成所のレッスンで台詞読みなどをやった際に、溜め込んだ感情を他人の言葉を使って解放してもいい場があるってことに感激したのだ。

演劇部は意外とハードで、一年間は役者のオーディションにも受からずに裏方仕事だけの日々を過ごした。悔しかった。二年目からは舞台に出られるようになり、大学外の公演にも参加させて貰えたりした。

演劇に夢中になりすぎて単位はびっくりするほど落としたけれど、人生で一番充実していた四年間だった。

役者を続けてみようなんて思わなかった。
また声優を目指してみようだなんて思わなかった。
絵なんてもう描いてもしょうがなかった。

だって、それは、わたしなんかじゃ叶わない、キラキラした大きな夢だったから。


『火花』は、俗に言う売れない芸人たちの物語である。

わたしの思い出と比べては申し訳ないほどに、ガチンコで夢へと向き合い、その世界一本で勝負している。「売れたい、売れたい、売れたい!!!」のに、売れない。

保身に走らずに全力でもがいている彼らが眩しい。夢追い人ってバカにされがちだけれど、やっぱり眩しくて、羨ましさでズキズキする目を細めずにはいられない。

作中にこんな場面がある。

 微笑みながらテレビを見ていた大林さんが、「俺達がやってきた百本近い漫才を鹿谷は生れた瞬間に越えてたんかもな」とつぶやいた。
 その残酷な言葉に僕は思わず叫びそうになった。

『火花』又吉直樹 p121 

共鳴して叫びたくなる。

この小説には夢を追い続けることの残酷さも、現役お笑い芸人の又吉さんだからこその彩度で描かれている。恐怖を感じるほどの焦りをちゃんと感じながら、みんな平等に一度きりの人生を消費して生きているんだってことを、この小説は教えてくれる。

勝ち負けのある世界で負け続けることの虚しさ、勝ち続けることの不可能さ、と扱っている題材はかなりやるせないものなのに、お笑い芸人とは特殊なもので、自分らの不遇な境遇さえも笑いに変えてしまうような人種なので、この小説は重くなり過ぎない。いや、なんだろう、重い雰囲気を纏っていても変な漫才に見えてくる。

芸人って、職業でもあり生き方でもあるんだなって思った。笑いっていいなってすごく思った。

終盤、作中に登場する〈あほんだら(コンビ名)〉の神谷がいつまでも芸人らしい破天荒な生き方をしている一方で、主人公の徳永は引退を決意する。その場面の神谷の台詞に、かつて夢追い人だった者たちへのあたたかな肯定と感謝が詰まっていた。少しだけ引用する。

例えば優勝したコンビ以外はやらん方がよかったんかって言うたら絶対そんなことないやん。一組だけしかおらんかったら、絶対にそんな面白くなってないと思うで。だから、一回でも舞台に立った奴は絶対に必要やってん。

『火花』又吉直樹 p155

なぜか自分まで肯定された気がして、胸が熱くなった。

きっと又吉さんが解散したコンビや引退していったひとりひとりに伝えたかったことは「一緒に夢を追ってくれてありがとう」という力のこもった握手なのではないかな。

だから、そんな又吉さんの優しさが、同じ夢を目指したことのある仲間なら知名度や期間に関わらず全員必要だったのだという広範囲のカバーカで、かつてのわたしまでも救ってくれてしまったのだ。

こんなわたしでも養成所のだれかとか演劇部の仲間の心に小さな火花を残せたのかもなあって、なんだかやっぱり単純思考なのかもしれないけれど、花火が無数の火花で形成されて大輪を咲かせていくように、

「夢を追うってそれだけでもうあなたも夢の一部なんだよー!!!」

って、たくさんの人に叫びまわりたい気分でこの感想を投稿する。

(終盤にわたしの大好きな漫才シーンがあるので、まだ読んでいない人はぜひ読んでみてください!感想を語り合いましょう!)

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