見出し画像

続・日々のあれこれと「今日の一冊」

 6月某日。連日各地の梅雨入りニュースが報じられる中、博多の街に毎年恒例「六月大歌舞伎」がやってきました(公演は6月17日まで)。

 1999年6月に開場した博多座ですが、今年は開場25周年記念という事もあり、劇場は勿論、周辺の商業施設も25周年をお祝いする装飾で溢れ、街全体で25年をお祝いする雰囲気となっております。

開場25周年のお祝いムードが漂う博多座入り口

 今回の演目
 昼の部:・修禅寺物語 ・身替座禅 ・恋飛脚大和往来
 夜の部:東海道四谷怪談

 夜の部「東海道四谷怪談」の博多座での上演は何と22年ぶりだそう!!

 「東海道四谷怪談」の博多座初お目見えは2002年、故:中村勘三郎さん(当時:五代目中村勘九郎)がお岩役を、八代目中村芝翫さん(当時:三代目中村橋之助)が伊右衛門役を演じられ、大きな反響を呼びました。22年ぶりの再演となれば、これはもう行くしかないでしょ?!とテンションMAXでいざ、博多座へ!
 
 東海道四谷怪談を観劇してまいりました。

写真左が尾上松也さん、右が尾上右近さん

 『通し狂言:東海道四谷怪談:四幕十場』序幕 浅草観世音額堂の場より大詰 仇討の場まで。 

 今回のお岩役は二代目尾上右近さん、民谷伊右衛門(たみやいえもん)役は二代目尾上松也さんです。近年お二人とも、様々なメディアに登場され活躍の場を広げていらっしゃいます。 また、2年前のNHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」で北条義時の父親役を務められた坂東彌十郎さんも直助権兵衛という重要な役でご出演されております。彌十郎さんは2002年の博多座公演でも同役を演じられていた為、変わらぬ姿に胸を熱くしたお客様も多かったのではないでしょうか。

 「東海道四谷怪談」は言わずと知れた四代目鶴屋南北(つるやなんぼく)の名作です。日本の怪談話の代表作と言っても過言ではない位、よく知られたお話ですが、実はこの「東海道四谷怪談」、同じく歌舞伎の名作中の名作「仮名手本忠臣蔵(かなでほんちゅうしんぐら)」の外伝の様な位置づけであることをご存じでしょうか?「仮名手本忠臣蔵」はその名の通り、赤穂浪士の仇討を描いた「忠臣蔵」をベースにした時代物と言われる演目です。

 赤穂浪士の討ち入り自体は史実ですが、江戸時代、それをそのまま舞台化するのは色々と問題があった為、実際には時代設定を江戸から室町へ移し、登場人物も浅野内匠頭(あさのたくみのかみ)は「塩冶判官(えんやはんがん)」、吉良上野介(きらこうづけのすけ)は「高師直(こうのもろのう)」と名前を変えた上で演じられていました。忠臣蔵はご存じ四十七人の赤穂浪士が主君の仇を討つお話ですが、当然の事ながら赤穂藩の家臣は四十七人だけではありません。

 討ち入りをしなかったその他大勢の家臣達もまた主君のお家取り潰し故に、明日の暮らしもままならい状態となったのです。「東海道四谷怪談」は討ち入りをしなかった家臣達の今で言う「スピンオフ」の様なお話で、お岩さんの夫である民谷伊右衛門は塩冶家に仕えていた家臣、伊右衛門とお岩さんを別れさせようと画策する隣人の伊藤家は高師直の家臣である伊藤喜兵衛と、それぞれ仮名手本忠臣蔵に通じる人間関係となっています。

 元々お岩さんと伊右衛門は夫婦だったのですが、お岩さんの父親に藩のお金に手を付けた過去の悪事(いわゆる公金横領)がバレてしまったことを発端に二人は離縁させられるも、それを恨みに思った伊右衛門はお岩さんの父親を殺めてしまいます。自分の父親を手にかけた張本人とは知らず、お岩さんは親の仇討の手助けを伊右衛門に頼み復縁することに。

 その後二人の間に子供が生まれますが、生活は苦しいまま。産後の体調不良が続くお岩さんに対して、嫌気が差してしまってた伊右衛門は度々冷たく当たります。そんな中、隣に住む伊藤家は何かにつけて、伊右衛門夫婦の面倒を見てくれます。

 子供が生まれたお祝いにと伊藤家の使いの者が伊右衛門の家を訪れ、祝いの品を持ってきます。偶然居合わせた借金取りにもお金を渡し、また産後の体調不良に効くからとお岩さんに薬を渡す伊藤家。心遣いに深く感謝するお岩さんですが、実はこの薬こそ毒薬で、伊右衛門とお岩さんを別れさせるべく画策した伊藤家の罠だったのです。

 高師直の家臣である伊藤喜兵衛の孫娘であるお梅は、偶然見かけた伊右衛門に一目惚れをしてしまいますが、伊右衛門は既にお岩という妻がいる身。何とか孫娘の願いを叶えてやりたい喜兵衛は策を案じ、お岩に薬と称して、顔が崩れる毒薬を渡すのです。借金の肩代わり、お岩への薬等々、御礼の為に訪れた伊藤の家で、伊右衛門は手厚いもてなしを受けます。そこで、喜兵衛から「孫娘を嫁にして欲しい」と乞われ、お岩に渡した薬は毒薬であることを告げられるのです。一旦は断る伊右衛門ですが、お岩に対して嫌気が差していたこともあり、(主君の仇である)高家に家臣として雇ってもらう事を条件に、喜兵衛の申し出を受けてしまいます。

 伊藤家の企み、そして何より、夫である伊右衛門の裏切りを知ったお岩さんは、悲しみと怒りの中で、結果的に命を落としてしまうことに。無念を抱え亡霊となったお岩さんはその後様々な場面で伊右衛門を追い詰めていくのですが・・・。見どころポイントが数多くある四谷怪談ですが、中でもお岩さんが伊藤家から貰った薬(実は毒薬)を飲む場面はその一つと言えるでしょう。産後の肥立ちが悪く、床に臥せったままのお岩さん。

 伊右衛門は何かにつけてお岩さんに辛くあたるのですが、それでもひたすら辛抱しつつ、伊藤家から貰ったお薬に対して心から感謝をします。薬に手を合わせ、立つこともままならい程弱った身体を起こし、薬の包みを丁寧に開け、こぼさないようにそっと口に運ぶそのしぐさの切ない事といったら!!観客誰もが「ああ、飲んじゃダメ!それは毒よ!!」と息を詰め、固唾を飲んで見つめる中、「かさり」と薬包を開ける音が劇場に響きます。

 「この薬を飲めば、きっと良くなる」という小さな期待と喜びが、お岩さんの一挙手一投足に現れており、その後の悲劇を知っている観客にとっては、その姿が何と哀しく残酷なことか、と思うのです。毒薬は伊藤家の思惑通りの結果をお岩さんにもたらします。

 薬を飲んだ直後より、発熱し顔の痛みを訴えるお岩さん。その後、伊右衛門の裏切りを知り、事の真相を問い詰めるべく伊藤家に向かおうと痛みを堪えて身支度をします。鏡の中に映る醜く崩れてしまった己の顔を見て「これは・・私の・・顔かいな?」とポツリと零すこの一言。
 
 その一言に、驚き、悲しみ、怒り、恨み、辛み、口惜しさと言った様々な感情が凝縮されていて、観客は更に胸を締め付けられるのです。弱った身体と毒の影響で手元は震え、口周りはべっとりと黒くはみ出たお歯黒。

 本来、子供を産んだばかりの女性がお歯黒をつけるというのは、あり得ない事ですし、お岩さんだってそんなことは百も承知。それでも伊藤家に乗り込むべく、身なりを整えようとするお岩さんの妻としての、女性としてのプライドや気概がこの場面には表れているように感じるのです。

 そして有名な「髪梳きの場」。毒が身体にまわり、髪は櫛を通すたびにごっそりと抜け落ちていきます。櫛に絡まった髪を取ろうとすると髪の中から血しぶきが飛び・・・。側にある衝立に広がる赤い血の色と衝立の白さのコントラストがまた恐ろしくも哀しくてなりません。結局、伊藤家に乗り込むこと叶わず命を落としてしまうお岩さん。

 亡霊となった姿で伊右衛門を苦しめます。伊右衛門のそばにどこからともなく現れる人魂。軒先に掛けてあった提灯に燃え移り、大きな炎に包まれたかと思うとそこからズルり出てきたのは赤子を抱いたお岩さん。見どころポイントの一つである「提灯抜け」の場面です。

 その他にも、恨む相手をお岩さんが仏壇に引き込んでしまう「仏壇返し」や、一人の役者が二役を演じるために早変わりをする「戸板返し」など四谷怪談は様々な仕掛けがあり、観る人をあっと言わせる手法が随所にちりばめられています。「四谷怪談」というと、どうしてもお岩さん注目してしまいがちですが、その夫である民谷伊右衛門も見逃せません。

 兎にも角にも伊右衛門の悪人ぶりは様々な場面で発揮(!)されるのですが、悔しいかな、伊右衛門は外見が「イケメン」として描かれているのです。パッと見はカッコ良くて、善人そう、なのに実はメチャクチャ悪人。
 歌舞伎の世界でいう「色悪(いろあく)」という役柄です。そういったギャップもこの東海道四谷怪談の面白みの一つかと思います。上演時間があっとに感じ、気が付けば終演。心地よい疲労感に包まれつつ(全身に力が入っていました!)
大満足で博多座を後にした後の「今日の一冊」。

 100万人を超える人口を有した江戸の町ですが、その江戸には“一日に千両ものお金が動く”と言われた「江戸三千両」と言われる場所がありました。(千両=1億円以上!!)

 それが「朝の魚河岸(うおがし)、昼の芝居小屋、夜の吉原」。当時の魚河岸は現在の日本橋付近にあり、その賑わいの様子は歌川広重の浮世絵にも描かれています。

 「3日間魚を食べなければ、骨身が離れてしまう」と「江戸繁盛記」に書かれるほど、魚が大好きだった江戸の人々。そんな魚好きの江戸っ子にも読んでもらいたかった(?!)この一冊「ハヤタケ先生の魚食大百科」!

 魚離れが叫ばれて久しい現代ですが、こちらの本は魚介類の「なるほど」話がてんこ盛りです。身近な魚の特徴から魚介の捌き方、おさかなカレンダーや実物大シート等「ありそうでなかった」「知っているようで知らなかった」内容がたっぷり収録されています。

 この本を読めば、思わず魚を買いに走りたくなる事でしょう!

 ちなみに現在歌舞伎座で開催されている「六月歌舞伎」の夜の部では、河竹黙阿弥による世話物の傑作、魚屋さんが主人公の「新皿屋舗月雨暈魚屋宗五郎」が上演されています。

この1冊で魚食の全てがわかります

ハヤタケ先生の魚食大百科
《全国学校図書館協議会選定図書》
早武忠利(一般社団法人 大日本水産会 魚食普及推進センター勤務):著
B5判 144ページ 4色 ソフトカバー
販売価格 2,200円(税込)
ISBN978-4-87981-788-4
NDC 596.35
初版発行 2023-11-25
全国の書店様はじめ、Amazon楽天ブックス紀伊國屋書店hontoヨドバシドットコムなどのオンライン書店様でも購入できます。

よろしければサポートをお願いいたします!