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どうして『呪術廻戦』はパチスロを描く必要があったのか? (考察) "漫画家としての本音" "大人に献げる少年漫画の呪い"

大ヒット中の作品『呪術廻戦』ですが、一方で、少年ジャンプ本誌連載の漫画なのに、高校生がパチンコに興じている姿が何度も強調して描かれていることで話題になっています。

今回は、なぜ『呪術廻戦』がパチンコを繰り返し描くのか?を考察することで、作者 芥見下々先生の漫画家としてのクリエーター論、アーティスト性に迫っていきます。


🚨※ 本記事は、最新話までのネタバレを含みます。ご注意ください


前提

『呪術廻戦』で高校生のパチンコが描かれたことは、これまでに3度ある。

『呪術廻戦』の作中で、高校生のパチスロ遊びが言及、表現されたことはこれまでに3度あります。① 虎杖悠仁が休日にパチンコ店で遊んでいたことが分かるシーン(原作64話)、② 虎杖悠仁が敵の能力によって、18歳未満にもかかわらずパチンコ店で遊んでいたことで裁判にかけられるシーン(原作164話〜)、③秤金次の能力がパチスロだと判明するシーン(原作183話〜)の3回です。
どうしてここまで繰り返し描かれているのでしょうか?

推理①

主人公サイドが純粋に遊んでいるのが、『呪術廻戦』の「パチンコ」。

さて、『呪術廻戦』の面白いところは、主人公の虎杖悠仁にしろ、同じ高校の先輩である秤金次にしろ、主人公サイドのキャラクターたちがパチンコで遊んでいることを示唆されている点です。現代の少年漫画のコンプライアンスとしては珍しく呪術廻戦では、パチンコを好意的に描くことが許されています。さらに、これまでのジャンプ本誌の作品が、『ONE PIECE』や『暗殺教室』、『僕とロボコ』、『Dr.STONE』といった道徳的・教育的な作品も多かったことも考えれば、異例の判断と言えるでしょう。
わざわざ「パチンコ」というモチーフを描かなくてはいけない意味が、『呪術廻戦』にはあるのではないでしょうか?

推理②

名セリフ 「ちゃんと原作読んだのだろうな!?」

原作183話から描かれる秤金次の能力というのは、ただのパチスロではありません。架空の"青年漫画原作"のパチスロ機がモデルの能力なのです。
秤と対峙する"ジャンプ漫画家志望"の敵人物である"シャルル・ベルナール"は、次のようなセリフを秤に言い放ちます。

(秤のパチスロの能力を見て)
「私の脳にゴミのような情報を流すんじゃなぁい!!!」
「作品を冒涜するのも大概にしてもらおう!!」
「「私鉄純愛列車」は中村キャンディ氏による青年ラブコメの金字塔だ!! それを賭け事〈ギャンブル〉のコンテンツとし消費するなど言語道断!! ちゃんと原作読んだのだろうな!?」

敵キャラクターである、このシャルルの発言というのは、同じくジャンプ漫画家である作者の本音なのでしょうか? 一見、漫画家の本音であるように見えるこの発言ですが、実はそうではないように思います。

少年ジャンプの現実①

パチスロ筐体になる 名作ジャンプ作品たち。

ここで考えたいのが、現実の話です。現在のパチスロ筐体には、名作ジャンプを題材にしている人気の機種がいくつもあります。

・北斗の拳
・魁!!男塾
・キン肉マン
・キャッツアイ
・聖闘士星矢
・花の慶次
・キャプテン翼
・地獄先生ぬ〜べ〜
・ど根性ガエル
     などなど……

パチスロ台として人気のものだけでこれだけ、マイナーな筐体まで含めると、25作品以上あります。人気のパチスロ台になれば、作者にも出版社にも利益がありますから、決して無視できない魅力なのでしょう。エヴァンゲリオンや牙狼シリーズの製作を支えているのは、パチンコ業界であるのは有名な話です。

少年ジャンプの現実②

少年ジャンプを読んでいるのは、   少年ではなく、少年のような大人たち。

これも有名な話ですが、少年ジャンプを読んでいる年齢層が高いというのは、昔からよく言われています。

2021年のデータから、少年ジャンプの読者層は、25歳以上が27%を占めています。
最近では、ONE PIECEの存在が年齢層を上げていると、巷で言われてますね。ちなみに、ONE PIECEだと、YouTubeの考察界隈も盛んで、顔出し配信がメジャーになったことで、ONE PIECEに熱中している大人たちの実態がよりリアルになってきました。

では、大人たちが読んでいるから、漫画のメッセージがちゃんと伝わるか?や、心理描写や社会や人間同士の関係性を描いた作品が求められるか?と言われば、決してそうではないというのもポイントです。
『鬼滅の刃』は大人を巻き込んでの大ブームが起きていましたし、今も『SPY FAMILY』が例を見ない大ヒットを記録していますが、どちらもベタでわかりやすい作品という特徴があります。一方で、ジャンプ+で『ルックバック』が話題になるも、ストーリーが難解でわかりづらいという意見もネット上には多く見受けられました。また、ジャンプ+では、『青のフラッグ』をはじめとしたLGBTQを扱った連載作品や読み切りも頻繁に公開されますが、そのたびにコメント欄には否定的な意見が多く投稿され、コメント欄上でユーザー同士の衝突が起きています。

これらから見えてくるのは、"大人になってからの大人らしい趣味がない大人たち" や、"何にお金を使っていいのか分からない大人たち" の存在かもしれません。その結果としての少年漫画趣味やギャンブル趣味というのは、非常によくあるパターンなのです。しかし、その"少年のような大人たち"にこそ、少年ジャンプも漫画家も支えられて生きているという現実があります。

呪術廻戦に隠された本音のメッセージ

面白い漫画は道徳じゃない!     漫画家がお金のために描く作品の肯定!
漫画家の与える悪影響の肯定!

かつて、少年ジャンプが大人たちに批判されたエピソードの一つに、『進撃の巨人』を逃したというものがあります。

世界的な大人気マンガと成長した『進撃の巨人』だが、その一方で「大きな魚を逃した」と揶揄されるようになったのは“ジャンプ”。諫山氏は「週刊少年ジャンプ」(集英社)編集部にもこの作品を持ち込んでいたのだが、そこでの評価は散々。諫山氏も自身のブログで「ボロクソでした…しかし適切な指摘ですごく勉強になったし、見返したいって気持ちになりました」と振り返っている。当時、諫山氏が「ジャンプ」の編集に「『漫画』じゃなくて『ジャンプ』を持って来い」と言われたことも有名な話だ。
しかし、その後『進撃の巨人』が大ヒット。一方「ジャンプ」は「進撃の巨人を蹴ったジャンプは無能」などという評価をされてしまう。

https://otapol.com/2018/11/post-48824.html/amp

しかし、この『進撃の巨人』は、いくら面白くても、従来どおりの少年ジャンプの価値観では連載できない作品なのです。
少年ジャンプというのは、「友情・努力・勝利」がテーマと言われていますが、その意味するところは、もうすこし細かいと想像できます。少年ジャンプ作品で行われる「努力」のほとんどが、正しい積み重ねの「努力(修行・練習・訓練)」であり、その結果として、主人公が手に入るものが、清廉潔白な正義サイドの「勝利」だからです。これは、ハッキリ言って、子どものための綺麗事なのでしょう。
この古い価値観を持つかぎり『進撃の巨人』は連載できないのが、少年ジャンプの抱えていた問題でした。

そこに現れたのが、『チェンソーマン』であり、『呪術廻戦』という新しいジャンプ世代と言えます。この2つの作品には共通したテーマがあり、それは「人々からより恐れられたものが力を持ち、そこには善も悪もない」という設定です。これは、身近なものに言い換えれば、漫画家たちの見ている「自由資本主義」のそのものでしょう。

"子どものために少年ジャンプは綺麗事を言ってきたけど、一方でパチンコ業界でお金を儲け続けてきたじゃないか!?"
"今までずっと子どものために作品を描いてきたけど、そうして育った大人たちは、少年漫画から抜け出せず、大人らしい趣味が見つからないままお酒とギャンブルにお金を使っているんじゃないのか!?"

少年漫画は、子どもたちに新しい世界の可能性を見せてあげることができていないじゃないか?
少年ジャンプは、子どもたちに「努力」の積み重ねの大切さを伝えられていないじゃないか?

『呪術廻戦』が描くのは、少年ジャンプが社会に与えてきた社会への悪影響を痛烈に批判するからこその「パチンコ」であり、「呪い」です。
そして、そこには、完全な「善」も完全な「悪」もないからこそ、この世界の物語は子どもたちのために、もう一度、紡ぎ出されるのです。


このあたりの価値観は、『僕のヒーローアカデミア』のヴィラン像でも描かれていますよね。

残酷な世界のありのままを描いた上で、子どもたちが自分で考えて何を選びだすのか? それが今、少年ジャンプから問われています。

全ての大人に献げる少年漫画の呪い!!

今回は、『呪術廻戦』について考察してみました。
『呪術廻戦』で描かれるのは、非道徳の肯定、積み重ねの努力の否定、資本主義社会の肯定、世界の残骸さの肯定です。ドラゴンボールの悟空のように、ONE PIECEのルフィのように、無垢で最強で素直に生きて、大人たちは上手く社会で生きていけたのか?  決してそんなことはなかったよね?じゃあ、もう一度、この世界は残酷だけど、どんな社会でも強く生きていける大人を描こうじゃないか? 人間が自分のために生きている足腰の強さが、新世代の少年ジャンプには描かれていくのでしょう。








雑感 :
『呪術廻戦』のパチンコ描写を見て、なんとなく居心地の悪さを感じたら、それは変化のときですね。

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