見出し画像

言葉と個性。

2022年も7月が終わろうとしている、そんなコロナ禍の夏。
気付けば、斎藤幸平さんの著書に出会って、もう1年半も駆け続けている。

木村の精神のテンションで分けると、最初の9カ月は「猪突猛進」、昨年末3か月は「抑鬱」、年明け3か月は「辛抱」、この4月から6月は「ウェルビーイング」、そして今月は「哲学」、こんなワードたちが当てはまるような1年半だった。

今日はこれらの時期ごとに、何があって、何が変わったか、また何が変わらなかったか、を振り返りたい。
では、早速。

2021年1月~9月「猪突猛進」

  • 起きたこと:斎藤幸平「人新世の「資本論」」を読んで、衝撃を受ける。自分の仕事に一切のモチベーションが湧かなくなる(現在進行形)。この1年半の全ての始まり。

  • 変わったこと:社会問題(特に環境問題)に対する考え方、自分自身の行動(特に時間の使い方や食生活:遊び⇒読書、肉食⇒菜食)、付き合う人、目標の大きさ(自分の趣味⇒世界の在り方へ)。

  • 変わらなかったこと:何でもシェアする癖・正義感・根性論などの根源的な性格。


2021年10月~12月「抑鬱」

  • 起きたこと:感情が無になり、うつ病と診断される。

  • 変わったこと:幸福度(爆下がり)。

  • 変わらなかったこと:上に同じく(根源的な性格)。


2022年1月~3月「辛抱」

  • 起きたこと:①任意団体「GANTAN」、発足。②権力(おじさん軍団)との喧嘩。完膚なきまでに論破したら感情論で返され、茫然自失。

  • 変わったこと:①リソースの割き方(E・F・シューマッハーのモットー”変えられることから手掛けよ”を胸に、自身が変えられないことに心身のリソースを割くことを止めた)。②優先順位(社会問題第一から、自身のウェルビーイング第一へ)。③読書量(21年:月3~4冊読了/10冊弱購入⇒22年月6~7冊読了/15冊超購入)。

  • 変わらなかったこと:最終的な目標(1.5度目標をクリアした世界をつくりたい)。


2022年4月~6月「ウェルビーイング」

  • 起きたこと:①ポスト資本主義社会のテーマが見つかる(完全に腹落ち)。ウェルビーイング。本業、GANTAN、自分の人生の中核にウェルビーイングを据えた。②斎藤幸平氏、本人に会いに行く

  • 変わったこと:①デモ活動参加などによる、世の中の見え方。社会は論理では動かない、社会は権力側からは良くならない(権力者は歴史に学ばない)、という教訓の腹落ち。②感謝に対する向き合い方。感謝をすると、消費活動が全て浪費に変わる。つまり、贅沢を感じるようになって、消費が止まる。(詳細は國分功一郎「暇と退屈の倫理学」ご参照)

  • 変わらなかったこと:同上(目標)


2022年7月「哲学」

  • 起きたこと:①安倍元首相の殺害に伴う、社会の混乱。「対話・熟議」という民主主義の根幹である言論の自由及び、「決めつけない・学び続ける」という個々人の姿勢・態度の重要性を再認識。②コロナ感染。丸4日寝込んだ。③哲学書をひたすら読込んだことによる眩暈(めまい)。

  • 変わったこと:①新型コロナウイルスの認識。②日常と哲学のバランス。日常に哲学的問いが侵入してくるようになった。

  • 変わらなかったこと:同上(目標)



ざっと振り返ると、こんな感じだろうか。
せっかくなので、もう少し抽象度を上げ、この1年半に通底する最も大きな「変化」を考えてみたが、これは間違いなく、「言葉」だろう。
具体的には「食べる(Input)」「想像する(Imagine)」「使う(Output)」言葉が大きく変わったと感じる。
付き合う人も、そもそもの関心も、SNSのフォローも、読む本も、考えることも、全てが変わったのだから、そりゃ当然、接する言葉も変わるか。

ちなみに、やや脱線するが、
人間は1日に触れる言葉の量は、起きている時間が16時間、
うち、仕事をしたり、人と話したり、スマホをいじったり、読書をしたり、考え事をしたり、つまり何らかの形で「言葉に触れている」時間が12時間、1分間に触れる文字が400字だとすると、1日あたりなんと
400×60×12時間=28.8万字
実に30万字近い文字数となる。
30万字というと、新書2~3冊分である。

1日に毎日3冊読む本が「仕事」なのか、「恋愛」なのか、「社会問題」なのか、「趣味」なのか、これが違うだけで、しばらくしたら全く違う人間が出来上がるのは想像に難くないだろうが、
私の場合は「仕事」「趣味」「恋愛」と自分のことばかりだったのが、一気に「社会問題」が主になったのだ。
そりゃ大きな変化だと思う。

話を戻すと、
ここで面白いのが、これだけ変わった「言葉」の波の中でも、変わらなかったことがある、ということ。
つまり、自分自身の「性格」と「目標」。
どこか気恥ずかしさがあるけど、恐らく、これがいわゆる「個性」ってやつなんだろう。
接する人や想起する言葉、その時の精神状態が変わっても通底する「らしさ」。
よくよく思い返せば、しかもこれはこの1年半だけでなく、幼稚園や小学校の頃の自分にも共通することが多くて、改めて、自分は自分なんだなあとしみじみ。


というわけで、ざっくりと1年半を振り返ってきた。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます。

せっかくなので、この流れで22年後半を展望して終わりにしたい。

(未来展望)2022年後半「???」

未来は、数分先だって何が起きるかは分からない。だから、「○○が起きるだろう」という無責任なことは言わない。代わりに、起きて欲しいことを書いて終わりにする(これは展望とは言えないのかもしれないが)。

  • 素敵な言葉を使う新しい友人と、1人でも多く出会いたい。

  • 1人でも多くの仲間・友人が、主体的な学び・行動・問いかけを大事にし、集まり・対話し・希望を語り合い・行動をして欲しい。

  • 1人でも多くの人が、「自分らしさ」とは何かを自覚し、「自分らしさ」を解放でき、社会全体のウェルビーイングが高まってほしい。


全ての人が幸せで生きられ、地球環境と共存出来る世界、実はそう遠くはないと思う。
まずは皆さんも、身の回りの「言葉」をちょっとずつ置き換えることから、やってみては。

(終わり)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?