【小説】つまらない◯◯◯◯ 54
自分がそうやって空回っていることに気付いて呆然としてしまうことが、恋愛でなくても、今までちょくちょくあった。仕事をしていても、今何か問題があるのなら、とりあえず何かを考えてみて、何かできることがあるのなら、さっさとそれをすればいいと思っていて、けれど、周囲にいる人の大半がそういうふうに思ってはいないことに驚いてしまうということが何度もあった。何かがはっきりと問題になるまでは放置したり、自分がそれをどうにかする役割を命じられるまでは放置する。それ以前に、表面化していないところで問題になりそうなことを見落としていないかということを考えない人がたくさんいて驚いていた。周囲からすれば、むしろ俺のほうが問題を見つけようとしてばかりいるようにしか見えなかったのだろうし、迷惑だったのだろうなと思う。みんながそれなりに頑張ってそれなりに満足しているところで、見落としていたり、充分に手をかけられていないところを探してばかりいるのだ。何もかもを物足りなく思いたがっているだけにしか見えないのかもしれない。俺にしても、それをところかまわず口にしたりはしないけれど、かといって、仕事が一段落して、みんながよかったよかったとやっているときに、俺にはそのよかったなという雰囲気と少しも一体感がなかったりしていた。そして、その一体感のなさというのは伝わっていたのだろうし、周囲からは面倒くさいやつだなと思われてきたのだと思う。
ただ、それは自分にもっとできることがあるんじゃないかと思っていただけで、他人がやったこと対して物足りないと思っていたわけではなかったのだ。仕事でも、他人の揚げ足を取るようなことは今までほとんど言ってこなかったと自分では思っているし、仕事以外の場所で、近しい相手と過ごしているときには、何を言われても、何をされても、それがその人らしいのであればそれでいいという気持ちが強かった。そして、そのうえで、相手がそういうふうに思っていることについて、自分が思うことを伝えていた。そうやって相手らしさを受け取ったうえで話すことは、同じ事柄についてひとりで考えるのとは、思うことが違うことも多かった。自分の意見を伝えたいわけでもなく、相手に感じたことを話していたつもりではあった。
けれど、それにしたって、相手が何を思ってそう言っているのかをできるだけわかってあげることが、自分の中での集中するべき課題になっていたということなのだろう。相手を感じることが自分の役割だと思っていて、ふたりがうまく一緒にいるためにお互い変えるべきことは変えていこうと思っていないから、相手がそういう人であることに不満を持ったりすることもなかったということなのかもしれない。
相手が自分に感じるべきものを感じさせてくれないときにどうすればいいのかわからなくなるのも、俺のそういうスタンスからくるものだったのだと思う。相手が幸せにまどろんでいて、こちらに何を示すでも何を問いかけるでもない状態になってしまうと、感じるという役割を自分が果たせていないような、よくない時間を過ごしている気分になっていた。のんびりされるのが苦しくなってくるのだって、相手と過ごしているときの自分が、もっとできることがありそうなのに、ただいつもどおりの幸せをなぞるようにしているだけで、たいして何も気持ちが動かないまま腑抜けていることが、自分にとって居心地が悪かっただけだったのだろう。
俺がひとりで何か感じようとして空回っているだけなのだろう。そして、同じ目的を持った人たちと一緒に何かをやり遂げようとしている状況なら、そのために必要なものを感じることに躍起になっても迷惑はかからないのだろうけれど、目的が違うなら、それはただ迷惑なだけなのだ。職場にしても、相手によってはしっくり噛み合いながら、ああだこうだと言い合いながら仕事ができていたとはいえ、やる気の度合いが合わない人と仕事をするときにはたいてい空回っていたのだと思う。そして、付き合っている相手にも同じように空回っていたということなのだろう。
俺としては、仕事以外では、付き合っていると一緒に過ごす時間が一番長くて、一番いろんな気持ちを持ちこんでいる時間になるから、近しくなっていくからこそ、その人に何かを感じさせてほしいと思ってしまう。それなのに、近しくなっていくほどに、相手は俺を感じてくれなくなっていく。うまく一緒にいられるようになるために俺を感じてくれていただけで、うまく一緒にいられるようになったら、できるだけ感じたくないかのように、いつもどおりな空気を発し始める。そういう安心した相手を前にして、俺は何かを感じさせてほしいのにと、ひとりで空回っていたのだ。
どうしていつも空回っていたのだろう。空回るのではなく、噛み合っていないのが嫌だと気持ちをぶつけあえればよかったのだ。そういう意味では、俺との性格的な相性の問題もあったのかもしれない。俺が何事にも受け身すぎたり、ちゃんと話をしようとしたがってばかりで、いつも自分の気持ちを置いておくことが多すぎるのがいけなかったというのもあったのだろう。セックスにしたって、自分がそういう気分ではないときに相手に求められたなら、今はそういう気分ではないからとちゃんと拒否できればよかった。それなのに、拒否しないで相手の言うままにセックスをしながら、やっぱり気持ちが入りこめないからあまり楽しくないし、俺が楽しくないのをこの人は感じてくれないんだなと、勝手に気持ちを閉ざしてしまっていた。お互いのタイミングが合えば楽しくやれるはずなのに、相手に何でも合わせてしまうことで、うまくやれる可能性をむしろ放棄してしまっていたのだ。相手にその場で嫌な顔をされたくないために、自分の中の相手との関係を悲しいものにすることですませてしまって、その結果として、相手との未来をよくないものにしてしまった。俺が何でも受け身すぎて、いつも相手の言っていることを受け入れようとするばかりで、お互いの気持ちをぶつけあえるようにうまくケンカできないのがいけなかったのだ。相手を怒らせてでも、ちゃんと嫌なものは嫌だと言って、自分の中の相手が、自分に嫌なことをしない人であり続ける機会を相手に与え続けなくてはいけなかったのだろう。
そもそも、俺がそんなふうにケンカするのが苦手なのだから、うまくケンカできる人を相手に選ぶべきだったのだろうとも思う。それは昔から思ってきたことだった。気分次第に振りまわしてくれて、いつでもケンカ腰で俺に突っかかってくれる人を相手に選べばいいのかもしれないと思ってきた。今まで付き合った人たちは攻撃性が低かったけれど、自分と似たようないつも何かに切迫していて、自分の生活の中でのいらいらを気分任せにやたらとぶつけてくれるような人だったら、俺もそれにたいして気分任せに振る舞えただろうし、穏やかさ以外のものがたまにあらわれることで、そこまで気持ちを自分の中に閉じ込めないで一緒に過ごせるのかもしれないと思う。
けれど、それも違うのだろう。そういう問題はあったかもしれないとしても、俺は付き合った人たちをとても好きになったのだ。心底から付き合った人たちと一緒にいられてよかったなと思っている。そして、付き合える可能性はあった他の人たちとだったなら、そんなふうには思えなかったのだろうとも思っている。付き合っていた人たちが俺と合わなかったわけではないのだ。今まで、付き合ってきた人たちと何でもたくさん話してきて楽しかったし、それが他の何をしているときよりも自分にとって楽しい時間だったのだ。ただ、それがもっと長く続いてくれればよかったのになというだけなのだ。
付き合った人たちが、彼氏とのセックスというだけではなく、セックス自体が好きで、自分や相手がどんなふうにセックスするのかということに興味尽きないような人だったなら、ずいぶんと違っていたのだろうなと思う。そうしたら、セックスレスにもならなくて、身体が相手に対して閉じてしまわないままでいられて、そうしたら、一緒にいて何かを話しているときにも、気持ちをわかってほしいときにちゃんと気持ちを相手に向けられたのかもしれない。関係が落ち着いてきても、普段はのんびりされつつ、自分の中で何か気持ちが膨らんだときにはそれを向けられて、相手がそれに反応してくれたなら、物足りなさに嫌になってしまうようなこともなかったのかもしれない。俺だって、一瞬ものんびりしたくないわけではなかった。
そうなのかもしれないなと思う。セックスでのんびりされなければ、それだけでずっと一緒にいられたのかもしれないのだ。視線がしっかりとぶつかり合わないセックスをしてしまうまで、付き合っていた人たちとのセックスは充分すぎるくらいによかった。別れるまで、お互いに好きな気持ちは時間とともに深まり続けていた。好きになったからといって、俺に安心できるようになったからといって、せめてセックスでだけはぼんやりしないでいてくれたらよかったのにと思う。
聡美には、今俺を確かめてくれているこの眼差しをずっとやめないでほしいと伝えてみればいいんだろうか。けれど、そんなことを言われたって、意味がわからないだろうと思う。今までの人たちにしても、そういうことを話したあとは、お互い萎縮しただけだったようにも思う。けれど、今ちゃんと見てくれているうちに、とにかくセックスのときだけはできるかぎり集中してくれと言ってみればいいのかもしれない。
お喋りをしているときや、何かを一緒にしているときというのは、相手と俺とのあいだには、何かしらのネタがある。セックスにはそれがなくて、お互いの身体を直接に触り合うことになる。お喋りなら、お互い噛み合わないものがあっても、その噛み合わない感触が直接身体に伝わってくるわけではない。けれど、セックスでは噛み合わない感触は直接身体に伝わってしまう。だから、セックスのときだけは俺をしっかり感じていてほしい。聡美は長い期間、ピアノの前に座るたびにできるかぎり集中していたのだ。それが聡美にとってうれしいことなのかどうかは別にして、セックスだけは集中するということもできなくはないように思う。それとも、それは昔の話でしかなくて、聡美はもう疲れてしまっていて、そんな疲れることを続けることは望みようもないのだろうか。
(続き)
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この作品よりあとに書いたものなので、こちらのほうが面白いです
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