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【小説】つまらない◯◯◯◯ 55

 相手の感触を確かめ続けて、それを喜び続けるというのは不可能なことなんだろうか。不安とか緊張とか新鮮さでしか、まともにつながることはできないものなのだろうか。どれだけ慣れてしまっても、何もかもを知っているのかのようでいても、それでも、その感触に触れているのが心地よいと感じることはできるだろうと思う。とても好きで何度も繰り返し聴いたCDを、それでもまた聴いているうちに没頭してしまったりするけれど、もう何もかもを頭の中に再現できるくらいにその曲を知っているのに、それでもその曲に没頭して、その曲の感触に浸っているのに気持ちよくなれたりもするのだ。その曲を知りたいわけではなく、その曲が自分にとって新鮮だからわくわくしているわけでもなく、その曲の感触に触れるのが、それに触れるたびに心地よかったりする。同じ映画でも同じ本でもそういうものはある。俺にとってセックスをするとか、セックスの相手とは、そういうものであってほしいのだと思う。わかりきっていてもいいのだ。同じものであっても、それがそんなふうであることを感じるのに没頭していれば気持ちよくなれるし、俺はいつだってそんなふうに気持ちよくなりたいのだ。
 もちろんCDは特別な人が特別な瞬間をパッケージ化したもので、それと俺のような特別ではない人間とを比べるのはおこがましいのだろう。そして、作品は作者の一面や一瞬を純化したようなものだけれど、付き合っていく中で相手のいろんな面やいろんな瞬間の表情を知っていくことは、純化とは逆の方向だったりはする。何気ないときにかつて感じたことが甦ったりもしてしまうし、関係が深まるほどに、お互いのあいだで積み重ねたものが相手自身を感じることを邪魔してくるというようなものだったりもするのだろう。そして、そもそも付き合っているときに相手が感じているのは、俺ではなく、ふたりのことだったりもするのだ。ふたりでどれだけいい時間を過ごしてきて、どれだけいい思い出を作ってこられたかというような、ふたりのこれまでとか、ふたりのこれからとか、そういうふたりのことに俺自身は埋もれて見えなくなっていくものなのだろう。
 付き合ったわけではなく、セックスフレンドのような関係だった人とは、セックスが色褪せていくまでに時間がかかったけれど、それは、付き合っている場合ほどセックスする頻度が高くないからというだけではなく、ほとんどセックスだけで関わっていたからというのもあったのだと思う。その人との関係は、どれだけ時間が経っても複雑なものにならなかった。その人がどんなふうに生活しているかとか、最近どんな楽しいことや嫌なことがあったのかも、ほとんど知ることがないままで、たまに会うことを繰り返していた。向こうが忙しい人だったし、俺からは連絡しなくて、その人が俺としたいときに連絡をくれるという感じで、会うのはいつもセックスをするためだったから、セックスしたいなと思いながら会って、喋っているときも、このあとセックスすると思いながら喋っていて、そしてセックスが始まると、やっぱり楽しいなと毎回のめりこんでいられた。そんなふうに、何かを楽しむこととその人と一緒にいることが結びついていれば、気持ちも動きやすいのだろう。それを確かめたいという動機があるから、いつでもそれを感じようと相手に前のめりになれる。たまに会って毎回数時間話し込んでしまう友達にしても、その人の話してくれることが面白くて、今日もいろんなことを話そうと思っていると、話すたびに毎回、その人の感じ方や考え方を、やっぱり面白いなと確かめられていた。
 けれど、付き合っているというのは、そんなふうに相手との何かを楽しむために一緒に時間を過ごす関係ではないのだ。むしろ、何のためというわけでもなく一緒にいるというのが、付き合っているということですらあるのだろう。俺にとってはそうではなかったとしても、相手にとっては、何かをしたり何もしなかったりという何でもない時間を、寂しさのない幸せな時間にするために俺と一緒にいるのだ。
 どうしたところで、俺が恋人に求めているものが間違っているのだろう。自分と一緒に生活を楽しんでくれることではなく、その人に自分を楽しませてもらいたいと思っている。その人がどんな人かということで俺を楽しませてくれることを求めていて、そして、俺がこういう人であることを楽しんでくれることを相手に求めているのだろう。
 誰かと日々をともにするというのは、そういうことではないのだ。近付いてみなければ感じられなかったものをたくさん感じながら、お互いに充分に馴染んでからも楽しさは続くし、その人のことをもっと好きになっていける。俺だって、付き合ってきた人とは、どの人ともそんなふうになれてきた。それだけで充分で、そうできていたのだから、それで満足するべきだったのだ。
 そもそも、いつも先に相手の俺を見る視線が変わってしまっていただけで、相手が変わらなかったとしたら、俺のほうもいつまでも確かめていたいと思い続けられたともかぎらないのだろう。同じCDを繰り返し没頭して聴いていられるのは本当のことだし、それは何年も続いたりする。けれど、とても好きで繰り返し聴いていたCDも、いつか自分でも気が付かないうちに聴かなくなっていったのだ。それにしたって、そのCDに飽きたとか、古臭く感じるとか、そういうことで聴かなくなったわけではなかったのだと思う。もうとっくに飽きていて、それでもその頃は没頭しながら聴いていたのだ。聴かなくなったのは、何かを嫌になったわけではなく、今の気分じゃなくなってしまったからという感じなのだろう。その頃の自分の気分にとって、その感触はいくらでも感じていたいものだったけれど、いつのまにか、今の自分の気分にとっては、その感触は自分が感じたいものとは別な方向に自分を引っ張るもののように感じて、あまり前のめりに浸っていたいものではなくなっていたのだ。気に入っていた服を、今も気に入らないと思うわけではないまま、なんとなく着なくなっていくのもそうなのだろうけれど、自己イメージの変化とか、自分の中でキープしたいムードと違っているとか、そういう気分的なもので自分が感じていたい感触も変わってしまう。それは、そのものに対しての思い込みが解けたというより、そのものと自分との関係の中だけではなく、それ以外のものに触れたりしていく中で、自分の価値観や気分が変わって、そのものへの感じ方も変わってしまうというようなことなのだろう。
 今まで、付き合っていて、気分じゃないからと相手から離れようとしたことはなかったけれど、かといって、相手とのあいだに緊張感がなくなって前のめりになれなくなった時点で、気分としては、一緒にいることをうっすら居心地が悪く感じていたりもしたのだろう。
 もし相手がいつまでもちゃんと俺を感じてセックスし続けてくれていたとしても、同じだったのかもしれない。時間が経つうちに、相手の感触が自分の気分ではなくなってしまっていたのかもしれないのだ。五年とか十年セックスレスにならなかった経験もないのに、自分の都合がいいように勘違いしているだけで、俺の相手を確かめたいという気持ちもそれくらいのものでしかないのかもしれない。セックスの問題ですらなくて、一緒にいる相手への俺のスタンスの問題なのかもしれなくて、俺はただ、相手が感じさせてくれるものを、感じているのが気分じゃなくなってしまうまで消費しているだけなのかもしれない。
 付き合っていないのなら、何も不満にはならないのだろうなと思う。付き合って仲良くなれたら、そのあとは友達になれればいいのかもしれない。関係が落ち着くまでのあいだ付き合うのなら何も苦しいことはないのだろう。
 けれど、それは相手が望んでいるのとは真逆の思い方なのだ。聡美は不安定な時期を乗り越えて落ち着くことができたとき、この人と一緒に過ごしてよかった、これからもこの人を大切にしようと思ったりするのだろう。俺は聡美の欲しがっているものを真っ向から拒絶するようなことを思っているのだ。
 ダメだなと思う。女の人と付き合う資格がないのだ。俺は緊張感なり新鮮さなりを助けに集中することを通してしか得られないものを、安心が欲しい人に求めているのだろう。セックスを含め、恋人との関わりにそれを求めてはいけないのだ。それを求めるのなら、恋人ではなく、初めから気晴らしとして俺と時間を過ごすつもりの人を選ばなくてはいけない。
 なぜ、ずっとひとりでいたいわけでもないのに、恋人との時間に退屈することを諦められないのだろう。近付いて、相手が安心するまでいい時間を何年間か過ごして、そして離れるというのをこれからも繰り返していくつもりなのだろうか。
 ずっとそうだったように思う。付き合っている中で、この人と一緒にいるために自分は変わらなくてはいけないと思ったり、変わってほしいと相手に望んだりしたことがなかった。たまたまその人と近付く巡り合わせがあって、そういうたまたまの巡り合わせがなんとなくうまくいったり、なんとなくうまくいかなかったりするのを、ただ受け入れているだけだった。そして、いつかうまくいく人とたまたま巡り会えるのだろうと、なんとなく思ってきたのだと思う。
 そして、聡美はそうなのかもしれないと思っていたのだ。乱暴で殺伐としている人だと思ったから、近付いてみようとした。話すようになって、ピアノを長くやっていたのを知って、自分の身体を使って何かをすることも好きな人なのだと思った。聡美が新しい部署でどんなふうなのかを毎日見守りながら、前向きで面倒くさがらない力強い人だなと思った。そんなふうな、なんとなくうまくいきそうな人に、たまたま巡り会えたのかもしれないと思っていたのだ。


(続き)


(全話リンク)


この作品よりあとに書いたものなので、こちらのほうが面白いです

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