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音と読む短編小説 Caffeine / フラチナリズム『4431』より

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「あいつからお土産で貰ったんだよ」
部屋には馨しいコーヒーの香りが漂っていた。

豆からコーヒーを淹れるようになるなんて何が変わったんだろう。
家ではインスタントすら飲まなかったこの人が。
柔らかく立ち上る湯気が部屋の空気を動かす。
自らキッチンに立つことも珍しいその背中をただ見つめていた。わたしが大好きな背中。

「ほら」
「ありがと」
渡されたカップは温かく、しっとりとしている。
やっぱり缶コーヒーとは香りが違う。
ただ、ちょっと酸味が強くてわたしは好まない味だった。
彼もその類のコーヒーは苦手だったはずなのに。

結局、その恋は そのコーヒーがきっかけで終わった。
「あいつ」からのお土産なんて嘘。
呆気ない。

どちらからとも無く惹かれあって、
会話が増えて、過ごす時間が重なって。
今が楽しいだけではなく、
これからの言葉を交わす2人だった。
なんの迷いもなくこのまま2人の時間は続いていく…
そう思っていた。
それでも やっぱり運命なんて、ない。

想い続けるでも縋るでもなく、振られたまま自分の心だけが取り残されていく。
もうこんな思いは二度と味わいたくない。
誰しもが思う失恋のあとの、あの気持ち。
その気持ちを抱えたまま、新しい恋人が欲しいなんて切り替えは出来るはずがない。

消えた 消えた 消えた
叶わないことばかりただ駆け巡って離れやしない
夢のように消えた
永遠てやつがいたら 早く顔を見せてよ
さよならできずに もう

それから、あの酸味の強いコーヒーを口にすると
未だに思い出してしまう。

……………

「あれ?コーヒー苦手だっけ?」
仕事の合間に入ったコーヒーショップで
わたしの表情を察した同僚が声をかける。
「違うの。ちょっと酸味が強いコーヒーが苦手で…
しかもね、コーヒー好きなんだけど、いい思い出もないのよ。」
カラッと笑ったつもりだった。
もう何年も経つのに。
「なんだ、そうだったんだ。」
人の話も聞かずに、テーブルにあった
ブラウンシュガーの角砂糖を掬い、
わたしのカップに放り込んだ。
「あ…」
「いいから」
ゆっくりと人のカップにスプーンを回し入れる。
「ほら」
「…ありがと」

柔らかい甘みと深い香りで、あの酸味が和らいだ。
わたしの思い出を知っていたかのように。
「家で淹れるときは、敢えて高温で淹れると飲みやすくなるし 買ったあと失敗したなと思ってもちょっと工夫するだけで変わるもんだよ?」

そうか。
あの酸味の強いコーヒーを苦手な味にしてしまったのは、わたしだったんだ。
わたしの心が冴えたのはきっとカフェインのせいだけじゃない。

時に欺かれ 時に傷ついても
たまに輝く
人は恋をやめられない

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2020年10月7日にリリースされた
フラチナリズム『4431』
まるで短編小説のような楽曲たちを短編小説にしてみました。

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