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心を整えるために見落としがちなもの2
実体のないものが消耗するのはなぜ?私たちは時々「心が疲れた」などといいます。しかし私たちの体内に心という臓器はありません。実体のないものが消耗するとはどういうことでしょう?
心とは現象です。あえてドライに記すと、脳が伝達された情報を処理することで生じるものです(心が実体のない現象であるというのは、ヨガや仏教といった哲学の世界でも大きく矛盾はしていません)。
脳も体の一部です。他のパーツ同様、
非日常が続くときこそ、自分をアップデートする
いつものように行動できない日々は、
生活リズムや時間の使い方が今まで微妙に変わってきます。
どうせ変化を強いられるのなら、
後回しにしていたこと、やってみたかったことを
生活に組み込んでしまいましょう。
よく「習慣化するためには21日間続けること」といわれますが、
面白いもので、人はある程度の期間同じ行動を続けていくと
「やらないと落ち着かない」ようになります。
続けていくポイントは、ちょう
慈悲の瞑想(メッタ) その1
生きとし生けるものがしあわせでありますように
私がしあわせでありますように
あの人がしあわせでありますように
私の嫌いなあの人がしあわせでありますように
私を嫌っているあの人がしあわせでありますように
生きとし生けるものがしあわせでありますように
慈悲の瞑想(メッタ) その3
生きとし生けるものの悩みがなくなりますように
私の悩みがなくなりますように
あの人の悩みがなくなりますように
私の嫌いなあの人の悩みがなくなりますように
私を嫌っているあの人の悩みがなくなりますように
生きとし生けるものの悩みがなくなりますように
「呼吸」に「呼ぶ」という字を使う理由
「呼吸」という字は、なぜ「吐吸」ではなく
「呼ぶ」という字を使うのでしょう?
吐く息は「呼気」と、吸う息は「吸気」といいます。
そして「呼気」と「吸気」の1セットで、「ひと呼吸」です。
深呼吸をするとき、吸うことから始めると
あまりたくさんの気は入ってきません。
先に吐いてからの方が、無理せずたくさん吸えます。
ためしてみてください。
吐くことで、新しい気が入る余白が生まれます。
逆に、古
慈悲の瞑想(メッタ) その2
生きとし生けるものの苦しみがなくなりますように
私の苦しみがなくなりますように
あの人の苦しみがなくなりますように
私の嫌いなあの人の苦しみがなくなりますように
私を嫌っているあの人の苦しみがなくなりますように
生きとし生けるものの苦しみがなくなりますように
執着と「いい加減」につきあう
不安や悩みを、箇条書きレベルで書き出して眺めてみます。
すると面白いもので、さっきまで自分の中で
重い負担になっていたことが
文字になると、急によそよそしく見えてきます。
おまけに、まるで文字が気持ちの重さも引き取ってくれたかのように、
少し心が軽くなりませんか?
私たちの心は、すぐいろいろなものを抱え込みたがるもの。
執着というやつです。
執着の対象は、自覚できる物事だけでありません。
心に支配されそうなときの脱出法
何もしたくないとき、イライラするとき、不安な気分のときに。
瞑想やヨガや心理療法というほどでもなく、
すぐその場でできる小さなアクションです。
①カタチを数える今見える範囲で、長方形のものを10個探し出してください。
例えば、スマホ、電気のスイッチ、テーブル、窓、窓の格子模様・・・
今いる場所にとどまったまま、
頭と目の向きだけ動かして探すのがポイントです。
意外なところに隠れているもの
丁寧に動けば、心は落ち着く
子供の頃、茶道はとても不思議なものに見えました。
なぜお茶を入れるのに、あんなに面倒な手順を踏むのか。
(しかも、わざわざ丁寧に入れてくれてるのに、お茶はとても苦いし!)
大人になり体を使うようになってから、
型や所作というものの意義を理解できるようになりました。
カタや所作は、いわゆるルーティンです。
一つひとつを丁寧に集中して行うことで、
あれこれ飛び回る思考を、せわしなく動いて