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一時間くらいで書いた短編小説「瓶詰めの妖精」

 その町では、妖精をペットとして買うことがブームになっていた。

 小人のような体と虫のような薄い羽をもち、鱗粉をまき散らす妖精。彼女たちには様々な品種があり、体の大きさや生態も様々だ。中でも小さくて飼いやすいとされている品種は、手のひらに乗る程度の小さなガラス瓶の中で飼育されることが多い。

 ――ずり、ずり、ずり。

 エサは花の蜜、瓶の上の方からスポイトのような器具で流し込んでやる。掃除は週に一度が目安。特別な道具や環境を必要とせず、初期費用もさほど高くつかないので、インテリア感覚で購入する者も少なくないという。

 ――ずり、ずり、ずり。

 開店前のペットショップ。妖精コーナーでは、瓶詰めにされた妖精たちが、木製の棚にずらりと陳列されている。

 ――ずり、ずり、ずり。

「1750、何をしているの?」
「私は旅に出るんだよ、1200!」

 ――ずり、ずり、ずり。

 隣同士に陳列されている妖精同士が、ニンゲンが使用するどの言語とも異なる言葉で会話をしていた。彼女たちは自分を閉じ込めている瓶に貼られた紙に書かれている数字を、自身を示す代名詞として用いていた(その数字は大抵の場合、時間が経つに連れて減少していく)。

「旅ってどこに?」
「この棚の向こう!」
「どうやって?」
「見ての通り!」

 ――ずりずり、ずり。

「瓶の壁を中から押して、この棚を飛び出すんだよ! 私は自由になるんだ!」
「飛び出して、どうするの?」
「棚を飛び出した後は、店を飛び出すんだ! 1200も一緒に来る?」

 ――ずり、ず、ず。

「そんなにうまくいくかなあ」
「床に降りた後は、瓶を横に倒して転がしていけばいいんだ。やってみれば案外すぐだよ!」
「うまくいくかなあ」
「何だよ怖いの? みんな年くってるわりに弱虫なんだね。900も誘ったけど断られちゃったし」

 ――ずる、ずり、ずる。

 1750の瓶は、あと一歩で棚から飛び出しそうなところまでずり動かされていた。

「えいっ……やあ!」

 ぐらり。1750の入った瓶が、下部を支点に90度回転する。重力に従い、元々陳列されていたところから床をめがけて、瓶が落下していく。

 ――ぱりん。

 ……。

 1200は限られた視界の中、どうにかして地面を覗き込んだ。割れて粉々になった、ガラスの破片。その下から赤い液体が流れ出すのを見届け、小さくため息をつく。

 これが、彼女の望んだ自由だろうか。彼女が想定していた結末なのだろうか。

 あるいは、このペットショップで生まれ、育った彼女は、ガラスは落とせば割れるという基本的なことも知らなかったのかもしれない。もともと森で生活していたところを捕獲された自分と違い、ペットショップの外の世界を知らないまま生涯を終えた1750。彼女の思い描いた「自由」とは、いったいどんなものだったのか。……いずれにしても。

自由を望まなくてついていかなくて、よかった」

 ガラスの割れる音を聞きつけた店主のものと思われる、慌ただしい足音が近づいてきた。

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